第9話:テレパシス・ジャマー

「アイアンゴリラ」の開発が進む一方で、対ニケ戦術の中核を担う、もう一つの技術開発が、ペンフィールド博士の主導の元、極秘裏に進められていた。


それは、攻性兵器ではなく、敵の最大の長所を逆手に取る、情報戦の兵器だった。


「ニケに対抗する鍵は、ニケ自身の長所、すなわち、テレパシーによる完璧な連携にあります」


対策会議の席で、久しぶりに公の場に姿を現したペンフィールド博士は、疲れた表情ながらも、その瞳に以前の鋭い輝きを取り戻して語った。


「彼らは、量子通信によるテレパシーネットワークで結ばれ、一個の巨大な知性体のように動く。

ならば、そのネットワークそのものを、我々が汚染し、破壊すればいいのです」


博士が提案したのは、かつてPSSを生み出した「テレパシスコントロール」の技術を応用した、強力な指向性妨害装置の開発だった。



コードネームは、「テレパシス・ジャマー」。 …その原理は、こうだ。



ニケが使用するテレパシーネットワークの量子周波数帯に、膨大な意味不明の情報をノイズとして送り込み、通信を飽和状態にさせる。

それは、大勢の人間が同時に叫んでいる部屋で、特定の個人の声を聞き取ろうとするようなものだ。

これにより、コントロールセンターからの命令が末端のニケに届かなくなり、その動きを一時的に、しかし完全に麻痺させることができる、と博士は説明した。


しかし、その革新的な装置には、致命的な欠点が存在した。

諸刃の剣ともいえる、重大なリスクが。


「博士、そのジャミングは、我々のPSには影響ないのですか?」

作戦司令官が、最も重要な点を質問した。


「残念ながら、あります」ペンフィールド博士は、静かに首を振った。

「テレパシー・ジャマーは、特定の周波数帯の量子通信そのものを攪乱する。当然、PSSや、アイアンゴリラに搭載される同系列の思考制御システムも、その影響を免れることはできません。つまり…」

博士の言葉に、会議室にいた誰もが息をのんだ。


「ジャマーを使用している間、我々のPSもまた、思考制御システムが機能不全に陥り、一時的に無防備な鉄の塊と化すのです」



会議室は、重い沈黙に包まれた。

まさに諸刃の剣だった。


敵の動きを止めるためには、自らも動きを止めなければならない。

コンマ数秒のタイミングのズレが、味方の全滅を意味する。

あまりにも危険すぎる賭けだった。


「ならば、作戦はこうするしかあるまい…」作戦司令官が、電子戦術マップを指し示しながら言った。


「ジャマーを搭載した機体(ジャマーホスト)を中核に、別のアタッカー機がそれを護衛する。ジャマーホストが敵の動きを止め、そのコンマ数秒の無防備な時間内に、アタッカーが目標を破壊する。まるで、心臓を止めて行う外科手術だ。失敗は、許されない」


この極めて高度で危険な連携作戦。

その要となる、ジャマーホストのパイロットとして、軍上層部が指名したのは、タカシ・ミヤザワ大尉だった。


彼は、かつて「リミテッド」との死闘で、極限の精神状態の中でPSSのシステムを限界まで引き出した実績があった。

彼の、機械では計れない冷静な判断力と、絶望的な状況を覆す土壇場での対応能力が、この作戦の成否を分けると判断されたのだ。



彼の肩に、新たな、そしてあまりにも重い責任が託された。

それは、単に一兵器を操縦するのではない。

味方の命と、作戦の全てを、自らの思考制御一つで背負うことを意味していた。



タカシは、その重圧を黙って受け入れた。



彼には、断るという選択肢も、そして失敗するという選択肢も、もはや残されてはいなかった。

彼の次の戦場は、敵との物理的な戦闘であると同時に、自らの精神という、見えない敵との戦いでもあった。

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