第8話:アイアンゴリラの影

スーパーセブンズがF諸島で歴史的な勝利を収め、その名声を銀河に轟かせている頃、惑星連合の情報部は、全く別の、そしてより深刻な脅威の分析に忙殺されていた。


ユーラシア連合から失踪した天才科学者S.Yと、彼が率いる戦闘ロボットシステム「ニケ」。

その影が、紛争が半世紀以上も続く中央大陸のジャングル地帯で、現実の脅威として色濃く浮かび上がっていたのだ。


中央大陸の紛争は、複数の小国と民族、そしてそれを裏で支援する大国の思惑が複雑に絡み合った、泥沼の戦争だった。

正規軍同士の衝突は少なく、主にゲリラと、それに対抗する政府軍との間で、終わりなき消耗戦が繰り広げられている。

惑星連合は、この地域に平和維持軍としてPS部隊を派遣していた。


しかし、鬱蒼としたジャングルは、PSの性能を最大限に発揮するには、あまりにも不向きな環境だった。


その日、現地政府からの緊急救援要請を受け、派遣されていたPS部隊一個小隊が、反政府ゲリラの拠点とされる遺跡地帯へと向かった。



だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、旧式の兵器で武装したゲリラではなく、機械仕掛けの狩人、「ニケ」の群れだった。



戦闘は、一方的な虐殺と呼ぶしかなかった。



ニケは、ジャングルの樹木や地形を巧みに利用し、PS部隊のセンサー網の死角から、三次元的な軌道で一斉に襲い掛かってきた。

その動きは、まるで獰猛な肉食獣の群れのようでありながら、個々の動きは冷徹な機械そのもの。

熟練したPSパイロットでさえ、その予測不能な連携攻撃に翻弄された。


「クソッ、どこから来るんだ!」パイロットたちの悲鳴にも似た声が、通信回線を飛び交う。

PSの巨体は、密集した樹木の中でその機動性を著しく削がれ、格好の的となった。

プラズマキャノンを放とうにも、仲間を巻き込む恐れがあり、思うように撃てない。



さらに深刻だったのは、ニケの反応速度だった。



常人の10倍というそれは、PSパイロットの反応速度(せいぜい常人の2倍程度が限界)を遥かに凌駕していた。

パイロットが敵を認識し、思考し、操縦桿を倒す。

その一連の動作の間に、ニケは既に次の攻撃動作に移っている。


PSパイロットたちは、常に一歩遅れた世界で戦うことを強いられた。


そして、最も恐るべき問題は、ニケの動力源が小型原子炉であるという事実だった。

下手に機体を破壊し、原子炉を損傷させれば、ジャングル全体に深刻な放射能汚染をまき散らすことになる。

それは、平和維持軍として派遣された彼らにとって、絶対に避けなければならない事態だった。

ニケを無力化するには、ピンポイントで頭部ユニットだけを破壊、あるいは切り離すしかない。

だが、神出鬼没に動き回る相手に、そんな神業のような精密攻撃ができるパイロットは、この部隊には存在しなかった。


結果、PS部隊は惨敗を喫した。


生き残ったのはわずか数機。

彼らが持ち帰った戦闘記録は、司令部に大きな衝撃を与えた。


「これは、PS対PSとは全く質の異なる戦闘だ。我々の戦術思想は、根本から覆されたと考えるべきだ」分析会議の席で、タカシは厳しい表情で断言した。


「相手は機械だ。疲労も、恐怖も、躊躇も感じない。そして、恐ろしく統率が取れている。我々は、個人の技量、エースパイロットの英雄的な活躍に頼る戦い方に慣れすぎていた。だが、この敵には、それは通用しない」



ゲリラ戦闘に特化した、新たなPSの開発が急務となった。

それは、ニケの神出鬼没な動きに対応できる高い索敵能力と、精密な攻撃を可能にする特殊な兵装、そして何よりもジャングルという特殊環境での高い機動性を備えている必要があった。




その緊急開発計画のベースとして白羽の矢が立ったのが、スーパーセブンズの中でも、広範囲の索敵能力と電子戦能力に長けた「マイクロウェーブ」だった。

その機体を、対ゲリラ、対ニケ戦闘に特化して再設計する。



こうして、PSECmkII「パワードスーツ・エクステンダー・カスタム・マーク2:通称アイアンゴリラ」の開発計画が、最優先事項として始動した。

それは、鋼鉄の神々が、機械仕掛けの偶像という、新たな「天敵」と対峙するための、必然の進化だった。

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