第45話:恋愛という名の永劫回帰とその顛末

私は実に興味深い発見をしていた。


新学期も半ばを過ぎ、感情の迷宮事件からも一ヶ月が経ったのだが、結局のところ何も変わらない日常が続いているのである。


朝は相変わらず「魔素計算学」の授業で複雑な数式に頭を悩ませ、午後は図書館でアリアと並んで勉強し、夕方は魔導河のほとりを散歩する。


一見すると、転生してから何一つ変化していないように思える。


しかし、よく観察してみると、微妙な変化があることに気づく。


アリアとの関係は、表面的には以前と同じ「学術的パートナー」である。しかし、会話の間に微妙な間があったり、視線が合った時の表情が以前と少し違ったりする。


「これは変化なのか、それとも変化していないのか」と私は考えた。


その日の昼休み、食堂でいつものようにアリアと食事をしていると、ルナが明るく近づいてきた。


「先輩たち、今日もお疲れさまです!」


「お疲れさまです」と私たちは答えた。


ルナは以前のような積極的な恋愛アプローチはしなくなったが、変わらず明るく接してくれる。むしろ、以前より自然な友情を築けているような気がする。


「そういえば、ヴィクター先輩はいかがですか?」とルナが尋ねた。


見ると、ヴィクターが一人で食事をしている。彼もまた、アリアへの求婚を諦めてから、普通の友人として我々と接するようになった。


「呼んでみましょうか」とアリアが提案した。


「ヴィクターさん、こちらでいかがですか?」


ヴィクターは少し驚いたような表情を見せたが、やがて微笑んで席に加わった。


「ありがとうございます」


四人で食事をしながら、私は奇妙な感覚を覚えていた。


以前は恋愛関係で複雑に絡み合っていた四人が、今は普通の友人として自然に会話している。これは変化なのか、それとも元に戻っただけなのか。


「皆さん、最近どうですか?」とヴィクターが尋ねた。


「相変わらずです」と私は答えた。


「魔素計算に苦戦しています」


「私も古代魔法語の動詞活用に悩んでいます」とアリアが続けた。


「僕も同じです」とヴィクターが苦笑いした。


「結局、みんな同じような悩みを抱えているんですね」


その時、背後から馴染みのある声が聞こえてきた。


「くくく、相変わらずですね」


振り返ると、スカーンが立っていた。


「見ていてイライラします」


「また君か」と私は溜息をついた。


「今度は何の用だ?」


「用はありません」とスカーンは答えた。


「ただ、君たちの進歩のなさを確認しに来ただけです」


「進歩のなさ?」


「そうです」とスカーンは指摘した。


「君とルーンヒルデ嬢の関係、全然進展していないじゃないですか」


私とアリアは顔を見合わせた。


「これでいいのです」と私は答えた。


「僕たちは『特別な友人』という関係で満足しています」


「満足?」とスカーンは呆れた。


「それは妥協です」


「妥協も時には必要でしょう」とアリアが反論した。


「完璧な関係など存在しません」


スカーンは困った顔をした。


「まったく、世話の焼きがいがありません」


そう言うと、彼は肩を落として去っていった。


「相変わらずですね」とルナが笑った。


「スカーン先輩は、みんなの恋愛が気になって仕方がないんですね」


「彼なりの親心でしょう」とヴィクターが分析した。


「でも、僕たちはこれでいいのかもしれません」


私はヴィクターの言葉に同感であった。


午後の図書館では、いつものようにアリアと並んで勉強していた。


「今日の魔法哲学の授業、面白かったですね」とアリアが話しかけた。


「そうですね」と私は答えた。


「グレイ教授の『変化と不変』についての講義は興味深かったです」


「『変化とは変化しないことの別名である』という言葉が印象的でした」


私は考え込んだ。確かに、表面的には何も変わっていないように見えるが、実際には微妙な変化が積み重なっている。


「つまるところ、変化とは変化しないことの別名なのかもしれない」と私は呟いた。


「どういう意味ですか?」


「僕たちの関係も、一見すると何も変わっていないように見えます」と私は説明した。


「でも、実際には少しずつ変化しているのではないでしょうか」


「確かに」とアリアは頷いた。


「以前とは違う安らぎを感じます」


夕方、いつものように魔導河のほとりを散歩していると、ルナとヴィクターも同じ場所にいた。


「先輩たち、こんばんは!」とルナが手を振った。


「こんばんは」と私たちは答えた。


四人で川辺に座り、夕日を眺めた。


「平和ですね」とヴィクターが呟いた。


「そうですね」と私は同意した。


「何も特別なことは起こらないけれど、それがいい」


「でも、何も起こらないからこそ、何でも起こりそうな気がします」とアリアが言った。


「何でも起こりそう?」


「はい」とアリアは微笑んだ。


「可能性が無限にあるような気がするんです」


私は深く頷いた。確かに、何も決まっていないからこそ、全ての可能性が開かれているのかもしれない。


その夜、部屋で一人になった時、私は今日一日を振り返っていた。


表面的には何も変わらない日常。しかし、その日常の中に、確実に何かが蓄積されているような気がする。


友情、理解、信頼、そして微妙な愛情。これらが少しずつ重なり合って、新しい何かを形作ろうとしているのかもしれない。


「日常とは何なのか」と私は考えた。


特別な出来事がない、平凡な毎日。しかし、その平凡さの中にこそ、人生の真の価値があるのかもしれない。


窓から見える魔導河も、今夜は静かに流れている。特別な光も、神秘的な現象も起こらない。


しかし、その静寂の中に、無限の可能性が秘められているような気がした。

明日もまた、同じような一日が始まるだろう。魔素計算の授業、図書館での勉強、仲間との会話、魔導河の散歩。


そして、その繰り返しの中で、私たちは少しずつ成長し、関係を深めていく。

劇的な変化はないかもしれない。しかし、それでいいのだ。


つまるところ...日常とは最も偉大な魔法なのである。何も起こらないことの中に、全ての可能性が眠っているのだ。


第二章 【完】



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こんにちは、こんばんは作者です!

ここまで読んでいただき本当に本当にありがとうございます!

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次回から第三章を執筆させていただきたいと思います。

今しばらくお付き合いいただければ幸いです。

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