第42話:真の自分との和解

私は実に重要な局面に立たされていた。


スカーンが去った後、私は再び三人の自分と向き合うことになった。しかし、今度は以前とは異なる心境であった。スカーンの言葉が頭に残っており、自分を統一する必要はないのかもしれないという考えが芽生えていた。


「さて、どうしますか?」と理想的な私が問いかけた。


「君は相変わらず答えを求めるのか?」


「答えなど必要ないかもしれない」と私は答えた。


三人の自分は驚いたような表情を見せた。


「答えが必要ない?」と内省的な私が困惑した。


「君らしくない発言だ」


「いや、これこそが僕らしい発言なのかもしれない」と私は続けた。


「僕は常に答えを求めてきた。でも、全ての問いに答える必要はないのではないか」


積極的な私が反論した。「しかし、行動するためには明確な方針が必要だ」


「方針も複数あっていいのではないか」と私は提案した。


「状況に応じて、君たちのどの面を使ってもいい」


その時、迷宮の奥からアリアの声が聞こえてきた。


「田中さん!どこにいるのですか!」


私は立ち上がった。「アリアが探してくれている」


「君は彼女に会いに行くのか?」と内省的な私が尋ねた。


「しかし、どの自分として会うのだ?」


「全部の自分として会うのだ」と私は答えた。


その時、アリアの声がより近くで響いた。


「あなたらしくないところも含めて、あなたです」


私は驚いた。まるで私の心を読んでいるかのような言葉である。


「聞こえましたか?」と理想的な私が言った。


「彼女は君の不完全さも受け入れてくれているのです」


「それなら、僕も自分の不完全さを受け入れよう」と私は決意した。


遠くからルナの声も聞こえてきた。


「田中先輩!私たちがいます!」


そして、ヴィクターの声も。


「諦めてはいけません!」


私は温かい気持ちになった。三人が私を探してくれている。私という存在が、他者にとって意味を持っているのである。


その時、さらに別の声が聞こえてきた。スカーンの声である。


「君らしく、悩みながら這い上がれ」


私は微笑んだ。最後まで素直でないスカーンらしい励ましである。


「悩みながら這い上がる、か」と私は呟いた。


「それも悪くない」


三人の自分を見回した。


「君たちとはもう戦わない」と私は宣言した。


「君たちは皆、僕の一部だ。矛盾していても、不完全でも、それでいい」


内省的な私が言った。「しかし、優柔不断のままでいいのか?」


「優柔不断も僕の個性だ」と私は答えた。


「ただし、重要な時には決断する。そのバランスを取ればいい」


積極的な私が尋ねた。「薬の力で作られた僕はどうする?」


「君も僕の可能性の一つだ」と私は認めた。


「薬がなくても、時には君のように積極的になることがあるかもしれない」


理想的な私が最後に問いかけた。「完璧を目指さなくていいのか?」


「完璧である必要はない」と私は断言した。


「完璧でない僕も、僕なのだから」


三人の自分は、ゆっくりと微笑み始めた。


「なるほど」と内省的な私が言った。


「それが君の答えか」


「答えではない」と私は訂正した。


「諦めだ。僕は僕を諦める。そして、その諦めを受け入れる」


積極的な私が頷いた。「諦めることで、逆に自由になるということか」


「そうだ」と私は確信した。


「完璧な自分になろうとするから苦しむ。不完全な自分を受け入れれば、楽になる」


理想的な私が言った。「それは一種の悟りかもしれませんね」


「悟りというより、諦観だ」と私は笑った。


「でも、諦観も悪くない」


三人の自分は、ゆっくりと光に包まれて消えていった。しかし、それは消滅ではなく、統合であった。彼らは私の中に戻っていったのである。


私は迷宮の出口に向かって歩き始めた。


途中で、アリア、ルナ、ヴィクターと合流した。


「田中さん!」とアリアが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です」と私は答えた。


「ありがとう、探してくれて」


「当然です」とルナが言った。


「私たちは友達ですから」


ヴィクターも頷いた。「友人を見捨てるわけにはいきません」


四人で迷宮の出口を目指した。


出口に近づくと、スカーンが何食わぬ顔で待っていた。


「くくく、遅かったですね」と彼は言った。


「先に出ていたのか」と私は呆れた。


「当然です。私は迷子になったりしません」とスカーンは得意げに答えた。


しかし、その表情には安堵の色が見えた。


「君は変わりましたね」とスカーンが観察した。


「変わったのか、元に戻ったのか、よくわからない」と私は答えた。


「でも、以前より楽になった」


「それでいいのです」とスカーンは満足そうに頷いた。


迷宮から出ると、そこは学院の地下であった。現実世界に戻ってきたのである。


「これで一件落着ですね」とアリアが言った。


「そうですね」と私は答えた。


「でも、僕は相変わらず優柔不断で、内省的で、時々理解不能な存在です」


「それがあなたらしいところです」とアリアは微笑んだ。


私は深く息を吸った。自分を受け入れるということは、自分を諦めることなのかもしれない。しかし、その諦めこそが、真の自由をもたらすのである。


完璧でない自分、矛盾した自分、不完全な自分。それら全てを含めて、私なのである。


つまるところ...自分を受け入れるとは、自分を諦めることの別名なのである。そして諦観こそが、真の自由への扉なのだ。



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