第19話:満月の夜の特別セミナー
満月の夜がついにやってきた。
夜の九時、グレイ教授の研究室に向かう途中、私の胸は期待と不安で一杯であった。これまでの不思議な出来事が全て、この夜に収束するような予感がしたのである。
教授の研究室は普段とは様子が違っていた。本棚が移動され、部屋の中央に円形のスペースが作られている。床には複雑な図形が描かれており、まるで魔法陣のようであった。
「いらっしゃい。今夜は特別な夜になりそうだ」とグレイ教授が迎えてくれた。
アリアと私以外にも、数名の学生が参加していた。皆、どこか緊張した面持ちである。
「今夜の目的は簡単だ。満月の光の下で、君たちの直感力を最大限に引き出す」と教授は説明した。
「具体的には何をするのですか?」と一人の学生が尋ねた。
「魔導河のほとりで瞑想を行う。そして、水面に映る真実を観察する」と教授は答えた。
私とアリアは顔を見合わせた。やはり魔導河の伝説が関係しているのである。
我々は教授に従って魔導河のほとりへ向かった。満月の光は川面を銀色に照らし、幻想的な美しさを醸し出している。
「それぞれ適当な場所に座りたまえ」と教授は指示した。
「そして、心を静めて水面を見つめるのだ」
私は石段に座り、深呼吸をした。月光に照らされた川面は確かに美しいが、特別な変化は感じられない。
しばらく瞑想を続けていると、不思議なことが起こり始めた。川面に自分の顔が映っているのだが、その表情が微妙に変化しているのである。
最初は困惑した表情だったのが、やがて穏やかな微笑みに変わった。そして、その笑顔の自分が口を動かし始めた。音は聞こえないが、何かを語りかけているようである。
「これは一体...」と私は呟いた。
隣で瞑想していたアリアも、同様の体験をしているようだった。彼女の顔は驚きと感動に満ちている。
やがて、水面の映像は変化した。自分の顔ではなく、見知らぬ風景が映し出されたのである。それは美しい庭園で、色とりどりの花が咲き乱れている。
「あれは...」と私は記憶を辿った。なぜか懐かしい感じがするのである。
瞑想が終わった後、グレイ教授が興味深い説明をしてくれた。
「君たちが見たのは、『可能性の世界』だ。今夜の体験で、別の選択をしていた場合の自分を垣間見たのである」と教授は言った。
「別の選択?」
「そうだ。記憶増強薬を飲まなかった場合の君、異世界転生小説を読まなかった場合の君たち」
私は愕然とした。
つまり、あの庭園の風景は、薬に頼らずに正道を歩んでいた場合の人生ということなのか。
「でも、それは単なる想像ではないのですか?」とアリアが質問した。
教授は微笑んだ。
「想像と現実の境界は、君たちが思っているほど明確ではない。特に満月の夜には、その境界が曖昧になる」
その時、古本屋の店主が現れた。まるで最初からそこにいたかのように。
「皆さん、いかがでしたか?」と店主は尋ねた。
私は驚いた。
「あなたもこのセミナーに参加していたのですか?」
「私は観察者です。毎年、この儀式を見守っているのです」と店主は答えた。
教授と店主は顔を見合わせて微笑んだ。
明らかに彼らは以前からの知り合いであり、この特別セミナーも計画的なものだったのである。
「つまるところ...我々は何らかの実験台にされていたということなのだろうか」と私は呟いた。
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