第5話 真夏の暗闘

第5話 真夏の暗闘



 沖縄の夏は、台風一過の熱風がコンクリートを焦がす。普天間基地の白いフェンスの向こう、ロジャー・B・ターナー中将の執務室は冷房が効いているはずなのに、まるで湿った熱気が漂っていた。ターナー中将は胃を押さえ、額に浮かぶ汗を拭いながら、デビッド捜査官を睨みつけた。


「デビッド、君の失態だ。中国側のルートを潰せなかった。フェンタニルの密輸が止まらないぞ!」

 ターナーの声は低く、抑えた怒りが響く。

 デビッドの胸は締め付けられた。バー「ブルーコーラル」の摘発でフェンタニルの原料は押収したが、中国側の犯人は一人も捕まえられなかった。ターナーの言葉が頭の中で反響する。

『失敗した。俺のせいだ』


 カリフォルニアにいる高校生の娘が反抗的な態度で送ってくる冷たいメッセージが、頭の片隅でチラつく。家族との距離、仕事のプレッシャー。デビッドの心は乱れていた。

『このままじゃ終われない』


 焦燥感に駆られたデビッドは、無謀にも単身で次のターゲットに向かった。普天間基地近くの古びたマンション――そこが中国側のフェンタニルの拠点だと睨んでいた。デビッドの心臓は早鐘のように打ち、銃を握る手が汗で滑った。

『ここで結果を出せ。でなきゃ、俺は・・・』


 マンションの廊下はカビと湿気の匂いが充満し、薄暗い蛍光灯がチラチラと点滅していた。デビッドは階段を上りながら、銃を構え、息を殺した。静寂を破るのはデビッドの靴音だけ。だが、背後でかすかな衣擦れの音がした瞬間、デビッドの背筋に冷や汗が走った。

『まずい…!』


「NCISの犬がノコノコやってきたな」

 鋭い女性の声が響く。コードネーム「鶴」、小柄だが目がナイフのように鋭い人民解放軍のスパイだ。隣には巨漢の「亀」、無言で威圧感を放つ。次の瞬間、亀の拳がデビッドの後頭部を捉え、デビッドの視界は暗転した。


 目を開けると、デビッドは冷たいコンクリートの床に転がっていた。両手は背中で縛られ、肋骨が軋む痛みが全身を襲う。目の前には丸坊主の中国人女性――この拠点の司令官が立っていた。司令官の冷たい視線がデビッドを貫く。

「殺すな。アメリカとの交渉のカードになる」

 と司令官は亀を制した。鶴がナイフを手に近づき、デビッドの頬に刃を滑らせた。

「痛めつけるのは得意よ、捜査官さん」

 デビッドの心臓は恐怖で締め付けられた。

『ここで死ぬのか? 娘に…もう一度会いたかった…』

鶴のナイフがデビッドの肩に食い込み、血が滲む。叫び声を抑えるために唇を噛み、血の味が口に広がった。亀が無言で拳を振り上げるたび、デビッドの意識は揺らいだ。

『もうダメだ…』


その時、窓ガラスが爆音とともに砕け散った。


「おや? お取込み中だったかな?」

  軽やかな声が闇を切り裂く。迷彩柄のシャツにホットパンツ、アーミーコスチュームのユイ(26歳)が現れた。ユイの瞳は炎のように燃え、沖縄空手の達人としての自信が全身から溢れる。後ろには仲間たち――ジン(23歳)、父親が黒人米兵、母親がウチナンチューのハーフで、小麦色の肌に天然パーマ。リコ(22歳)、小柄だが力強い。眼鏡のカイト(21歳)、冷静な頭脳派。純朴なタツヤ(20歳)。全員が沖縄空手の有段者だった。だが、ユイの存在感は別格だ。


「何者だ!?」

鶴が叫び、ナイフを構える。亀が機関銃を手にユイに向けるが、ユイは一瞬で間合いを詰めた。ユイのオリジナル技沖縄空手奥義、**マブイ・ツイスト**が炸裂する。


**マブイ・ツイスト**:沖縄空手の「受け」の流れる動きと、伝統的な「突き」の破壊力を融合させた技。ユイは相手の攻撃を旋風のような回転で受け流し、腰のひねりで生み出した遠心力を拳に集中。一撃で相手の急所を打ち抜く。その動きは、まるで沖縄の魂(マブイ)が敵を吹き飛ばすかのようだった。


 鶴がナイフを振り下ろすが、ユイは軽やかに身をひねり、鶴の手首を掴んでマブイ・ツイストを放つ。拳が鶴の腹に炸裂し、鶴は壁に叩きつけられて崩れ落ちる。

「鶴!」

 亀が咆哮し、機関銃を乱射。ユイは床を転がり、弾丸を避けながら亀の懐に飛び込む。ユイの膝蹴りが亀の脇腹を捉え、巨漢がよろける。


 ジンが横から飛び出し、ハイキックで亀の銃を弾き飛ばす。リコは低空タックルで他のスパイたちに蹴りを入れる。カイトとタツヤが素早く他のスパイたちに空手の突きを入れる。だが、司令官が拳銃を構え、ユイに狙いを定めた。

「動くな!」

 司令官の声は冷酷だ。


 ユイは一瞬で状況を読み、床に転がっていた手りゅう弾を拾い上げる。

「これ、欲しかったんでしょ?」

 ユイがピンを抜くふりを見せ、司令官の注意を引く。その隙に、ユイはマブイ・ツイストを放ち、司令官の拳銃を弾き飛ばす。司令官が後ずさるが、ユイの回し蹴りが司令官の顎を捉え、意識を奪う。


 その瞬間、NCISの憲兵たちがドアを蹴破って突入。銃声と叫び声が響き合い、部屋は一瞬で制圧された。沖縄県警が遅れて到着したが、米軍が中国人犯罪者を連行するのを黙って見守るしかなかった。


 NCISの憲兵がドアを蹴破り、銃声と怒号が部屋を満たした。コードネーム「鶴」と「亀」、そして丸坊主の司令官は手錠をかけられ、フェンタニルの原料とともに米軍のバンに押し込まれた。デビッドは血と汗にまみれ、フラフラになりながらも憲兵に支えられて部屋を出た。デビッドの頭の中では、娘の冷たいメッセージとターナー中将の叱責が交錯し、胸を締め付けた。

『俺は…まだ終わっていない…』


 沖縄県警の機動隊は、米軍の迅速な動きにただ立ち尽くすしかなかった。米軍の権威が静かに県警を圧倒していた。ユイは仲間たち――ジン、リコ、カイト、タツヤ――と一歩下がり、黙ってその光景を見ていた。ユイの迷彩柄のシャツは汗で濡れ、ホットパンツの裾には血の飛沫が付着していた。だが、ユイの瞳はまだ燃えていた。


 米軍のバンが夜の闇に消え、マンションの周囲は不気味な静寂に包まれた。ユイはふと立ち止まり、目を閉じた。風が止まり、まるで時間が凍りついたかのようだった。ユイの耳に、かすかな声が響く。

「助けて…助けて…」

それは子どもの声だった。弱々しく、しかし切実な叫び。ユイの心臓がドクンと脈打つ。

『マブイだ。魂の声だ』


「ユイ、どうした?」

ジンが小麦色の肌を汗で光らせながら尋ねる。リコが肩を叩き、カイトとタツヤが心配そうにユイを見た。ユイは目を開け、静かに言った。

「まだ終わってない。子どもたちが…ここにいる」


 ユイの声は低く、確信に満ちていた。沖縄の祖母から教わった「マブイ」の教え――魂は真実を語る。ユイはその声に導かれ、マンションの地下へ向かった。仲間たちは一瞬戸惑ったが、ユイの背中に続き、薄暗い廊下を進む。カイトが懐中電灯を手に、埃っぽい階段を照らした。地下室への扉が見えた。錆びた鉄の扉は、重々しい鎖で封じられていた。


「ここだ」

 ユイが囁く。リコが素早くナイフで鎖を切り、タツヤが扉を押し開ける。軋む音とともに、冷たく湿った空気が顔を叩いた。地下室の闇は深く、まるで生き物の如くユイたちを飲み込もうとしていた。


 階段を下りるたび、子どものすすり泣きがはっきりと聞こえてきた。ユイの心は締め付けられた。

『マブイが呼んでる。急がなきゃ』


 地下室はコンクリートの迷路だった。薄暗い電球が一つ、チラチラと点滅し、壁にはカビと血の跡が混じる。ジンが息を呑む。

「ここ、ヤバいぜ…」

 カイトが眼鏡の奥で目を細め、冷静に周囲を観察。タツヤは純朴な顔を緊張で強張らせた。リコが小柄な体を低くし、戦闘態勢に入る。


 突き当たりの扉を開けると、20人ほどの子どもたちが大型犬用のケージのなかに閉じ込められていた。10歳から15歳くらい、みすぼらしい服を着た少年少女たちが、怯えた目でユイたちを見つめていた。手足は鎖で繋がれ、床には水とパンの残骸が散らばっている。ユイの胸に怒りが沸き上がった。

『こんな場所に…子どもたちを…!』


「大丈夫、助けるよ」

ユイが静かに言う。その声は力強かった。リコとタツヤがケージをこじ開け、ジンが子どもたちを落ち着かせる。カイトが無線で県警に連絡を取ろうとしたその時、暗闇から金属の音が響いた。カチャリ。


「動くな!」

  低い男の声。人民解放軍の残党――見張りの男が、自動小銃を構えて現れた。ユイは一瞬で状況を読み、子どもたちの前に立ちはだかる。

「ジン、子どもたちを守って!」

 ユイの声が鋭く響く。


 見張りが引き金を引く瞬間、ユイは沖縄空手の奥義『龍脈閃舞・無影手(りゅうみゃくせんぶ・むえいしゅ)』を繰り出した。

 

「龍脈閃舞・無影手」とは、沖縄の伝統的な空手の精神と、島の神秘的な自然の力を融合させた究極の技。この技は、沖縄の地脈に流れる龍のエネルギーを引き出し、身体を極限まで加速させ、敵の攻撃を超越する。技の名前は、龍の如くしなやかで迅く、影すら捉えられない速さを表現している。


 ユイは一瞬で敵の銃口の動きを読み、超人的な速度で移動。自動小銃の弾丸(時速約900m/s)すらスローモーションに見えるほどの反応速度で、弾道を予測し回避。身体は光の残像を残しながら、敵の死角へ瞬時に移動。

 そして閃光掌打を連打する。これは龍の気を掌に集中させ、敵の銃器を一撃で破壊。掌から放たれる衝撃波は、金属を紙のように砕き、敵を気絶させる。この一撃は、沖縄の海風のように鋭く、かつ龍の咆哮のように力強い。

 さらには波濤の結果を作り出す。技の最終段階として、龍脈のエネルギーで周囲に防御結界を展開し、残りの弾丸を弾き返し、術者を完全に守護する。結界は沖縄の青い海と空を映した輝くドーム状で、敵の攻撃を全て無効化する。


 男は一瞬で倒れ、銃が床に落ちる。だが、別の見張りが手りゅう弾を手に現れた。

「死ね!」

 男が叫び、ピンを抜こうとした。

 リコが素早く飛び出し、低空タックルで男の足を払う。手りゅう弾が転がり、カイトがそれを蹴り飛ばす。ユイが再び空手の突きを放ち、男の胸を打ち抜く。廊下の外で爆発音が響いた。そして、静寂が戻った。子どもたちの泣き声が、ユイの耳に響いた。


ユイたちは子どもたちを鎖から解放した。県警の機動隊がようやく地下室に到着し、子どもたちを保護する。ユイは振り返らず、仲間たちと夜の闇に消えた。ユイの耳には、まだマブイの声と沖縄の海の波音が響いていた。


 ターナー中将の執務室。デビッドは包帯だらけで立っていた。

「君の無茶がなければ、子どもたちは救えなかった。だが、次はもっと頭を使え」

 とターナーが言う。

 デビッドはユイたちの姿を思い浮かべ、目を閉じた。

『あいつらに助けられた』


 ビーチのたき火を囲むユイたち。缶ビールで乾杯する。

「そういえば、鶴と亀のシャドーバンク口座から引き出したお金、どういたしましょうか?」

 アオイが上品に缶ビールを両手で抱えて言った。

「いくらあったの?」

 ジンが目を輝かせて尋ねる。

「これだけ」

 アオイが右手を開いてパーを作った。

「5万円ですか?」

 残念そうにリコが言う。

「違いますよ」

 とアオイが答える。

「じゃ、50万円?」

 カイトが嬉しそうに言う。

「違います。彼らの報酬がそんなに安いわけがありませんわ」

 とアオイ。

「じゃ、500万ですか?」

 とタツヤが小さな声で言う。

「違います」

 とアオイ。

「じゃ、いくらあったの?」

 と全員がアオイに顔を向ける。

「5億円です!」

 アオイが得意顔で答えた。

 みんな息を飲む。5億円もの大金をどうするんだ? やはり警察に届け出たほうがいいのかもしれない。

「でもさぁ。俺たち、いろいろとお金使ったしなぁ」

 とジン。

「私はバイト辞めちゃったしなぁ」

 とリコ。

 みんながユイの横顔を見つめる。ユイがどう結論を出すのか、興味津々だった。

「これ、かりゆし探偵団の軍資金にしちゃおう」

 とユイが言うとみんなの顔が明るく光った。

「いいんで、ございますか?」

 アオイが尋ねる。

「ワン、常識なんて糞くらえなんで!」

 ユイはそう答えて缶ビールを口に運びグビッと飲んだ。

 ジンが三線を弾きだし、リコとカイトが踊りだす。ユイも立ち上がって一緒に踊る。砂浜に燃える焚火がゆらゆらと揺れた。押し寄せる波の音と三線の音が交じり合って夜空に溶けていく。白い満月がまるで笑っているようだった。



 その頃、ユイたちのいるビーチから遠く離れた宮古島で奇妙な事件が発生していた。平良港に寄港している豪華客船で2人の変死体が発見されたのだ。皮膚は緑がかった黒、ドロドロに溶けたように腐敗していて、目や舌が突出、腕や足が不自然に曲がったまま固まっていた。体液が流れ出し、腐敗ガスによる強烈な悪臭がした。「まるでゾンビじゃないか」と発見者はつぶやいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マブイデカ レジェンド井伏 @ibuse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画