ボデゴン或いはヴァニタスで

palomino4th

ボデゴン或いはヴァニタスで

「後ろのシート、満載ですね。釣りとかするんですか」助手席の女が聞いてきた。

「釣りもやるけれどね、趣味の一つだから。でも今日のクーラーボックスの中身は鮮魚店で買ったものばかりだよ。海老も貝もとっておきなのを選んで買ってきた」

「あたし、シーフード大好き」女は言った。「もしかして、今日は料理人とかも呼んでるんですか」

「いや。私が直接料理する。普段から食事も晩酌のなんかも作ってるんだ。自分で食べたいものは自分で作るようにしてる」

「凄い、尊敬しちゃいます。今日のパーティーって何人いるんですか」

「私と、家主のB、あと二人、か」

「みんなおじさんみたいに独身なんですよね。女のあたし一人お邪魔して大丈夫なんですか」

「他のヤツがガールフレンド連れてくるかもしれないから、女性は増えてるかもしれないよ」

運転しながら高速の料金所から降りて都道に入った。

そこからカーナビにしたがいつつ、郊外に通じる街道へ向かう。

都市的なビル群の眺めから、平坦な広がりの眺めに変わってゆく。

車窓の風景はなかなかの見ものなのに、女の方はスマホばかりを覗き込んでいる。

見た目は落ち着いた服装の、遊んでいなさそうな大学生だが、身体を売ることに対してそれほど抵抗を感じていないのか、物怖じもせずにリラックスをしている。

私をきちんと金払いをしそうな大人だと見ていることだろう。

こうして車に乗っている二人を誰かが見ても、学生の娘とその裕福な父親くらいには見える筈だ。

私は「釣果」に満足していた。

「このまま寄り道しないでBの家に直行する。海鮮はとにかく冷凍庫に入れないといけないからね。あんまり余裕がない」

「海老フライ大好き」

「パエリアにする予定だけどね……ま、品書きは変えても構わないが」

「さっきのメッセージ」

「うん、Bからだった。『仕事で遅くなるから勝手に入って先に始めててくれ』。つまりこれは私に『自分の帰るまでにパーティーの料理をすべて済ませておいてくれ』という意味なんだな。いつもこんな感じだよ」

「あはは。なんですかそれ。面白い」本当に面白がっているのかいないのか、しかし年上の男を適度に良い気にさせるような、そつのない受け方をしている。

都市部からだいぶ離れた、郊外のエリアに入った。

道路幅も細くなり、街並みもやや古びた……さびれた感じになった。

「お酒やタバコはどうなんだい」

「あたしはタバコは吸わないです。苦手で。吸う方はいられるんですか」

「一人いたな。ただ私の料理の出るパーティーの場では全面禁煙にさせてもらっている。味を壊しかねないから。君もタバコだけはやらない方が良い」

「良かった。お酒の方は、そうですね、飲めますよ」

「だいぶイケる方かい」

「ふふふ。結構」

「良い酒も準備してある。楽しみにしておいで」

大きな通りを外れて、混み入った道路に進んだ。

山に囲まれた団地の方に向かう。

「何か……東京じゃないみたい」スマホから目を離した女は呆れたように言った。

「まったくだね。もうじきに到着する」

見慣れたBの家の前までやってきた。

私は道路を隔てた更地のスペースに車を停めた。

一時期、周囲とともに団地の建売住宅として分譲された一軒で、外装を直されたものを中古で買った後は、B自身の手で様々に改築されてきた。

しかしこの十年ほどは住人もすっかりと減り、自治会も人不足で催しも少なくなった、B自身もこちらに移住してきながら結局は加入はしていないと言う。

近所付き合いもほとんど絶えているので、周囲の家屋も空き家が増えている気配もあり住民の数がまるで分からない。

団地のもっとも端にあり、庭の向こうはすでに緑地とそのまま森になっているくらい自然豊かなので、人嫌いにはちょうど良い住処なのは確かだった。

「半地下のガレージに入れる、シャッターを上げてくるからちょっと待ってて。地下に停めてからから食材を室内に搬入するからその時に君にも手伝って欲しい」

「いいですよ」スマホを見ながら女は返事をした。

私は車を降りた。

住居の玄関に通じる入り口の横にはコンクリの下り坂があり、言った通り地下ガレージに通じる導線になっており、シャッターが閉じている。

私は門扉を開き玄関口まで上がった。

留守宅の合鍵の場所は知っている——玄関脇の敷き詰められた石の中に混じった模造石、くり抜かれた中空に入っている。

もう何度も同じように繰り返してきたパーティーの手順だ。

「仕事で遅くなるから勝手に入って先に始めててくれ」

家主であるBからの連絡を受け取り、留守宅を合鍵で開けガレージのシャッターを開き、食材と女を載せた車を地下に……。

いつもの通り、玄関のドアを開いた。

私は立ち止まった。

家の中は留守、無人だった。

誰もいない。

そう、誰も。

私はそのまま玄関から外へ駆け出した。

停車している車、助手席の女はスマホに夢中だ。

私は車に向かわず、団地の縁の切り立った崖へと走った。

ガードレールを跳び越えて、向こう側に飛び出せ!

だが走る私の片脚が突然破裂し、私はそのまま前のめりに転倒した。

周囲に響いた破裂音をどれだけの住民が耳にしただろう。

私は何とか立ち上がろうとしたが、左の太腿から下が既に無くなっていた。

メイズ色の戦闘服にプロテクターと武装した男たちが数人、距離をあけつつ這いつくばっている私を囲んでいた。

手にした特殊ライフルの銃口は私に向けられている。

「何、何、いやだ!」背後の車の方で錯乱した女の声がする。「いやだ、やめて殺さないでお願い!何なの」

「落ち着いてください、大丈夫です。貴女に危害は加えません、我々の目標は確保されました」

「何、何であんなことしてるの、あの人、片脚千切ちぎれてるじゃん!」

「落ち着いてください。もう安全なんです。あの人とその仲間は貴女をこの家で襲うはずだったのです。一味は全員、もう我々が確保しました。貴女に迫った危険は無くなったんです」

隊員の一人が保護した女に説明している……。

するとBだけでなくCとDも既にやられたのか。

あの定型の連絡文はB本人の発信か分からないが、この様子ではその時既に捕獲か処分をされていただろう。

玄関の扉が開いた時に見たもの、無人の屋内……本当の留守だった。

いつもなら、普通に皆が揃っていて地下のガレージに入庫する車から「食材」を運び出す段取りが始まる筈だったのに。

車の中のクーラーボックスの海鮮……海老も貝もこの分では台無しだろう。

私たちのパーティーの最大の食材になる筈だった若い女は、命拾いしたというのに大声で泣きわめき、まだ隊員になだめられている……。

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