第38話『噂の動画は、抜いたらダメ』

──“その動画、最後まで見ながら抜いたら出るらしいよ。画面の中から、女が”


ネットの片隅、深夜の掲示板や匿名スレにだけ現れるリンク。

タイトルは毎回違う。

投稿者も削除される。

だけど、**「絶頂映像」**という共通のタグだけがついている。


ある日、興味本位でそのURLを踏んだ。


(どうせ加工モノか、ありふれたAVだろ)


軽い気持ちで再生した。

内容は、ごく普通の自慰動画。

女がカメラに向かって喘ぎながら、

自分の指でゆっくりと身体を愛撫していく。


動きも声も、妙にリアル。

カメラの向こうの誰かに語りかけてくるような視線。


「こっちも触って」

「いっしょに、いこ?」


演技には見えなかった。

まるで──本当に“こっちを見ている”ようだった。



ラスト2分。

自分も我慢できなくなって、

ズボンの中に手を伸ばした。


動画の女は、荒い呼吸で喘ぎながら、

画面の奥へとにじり寄ってくる。


「……もうすぐでしょ? ちゃんと見ててね……」


その瞬間、

画面の中で**“別の顔”が女の肩越しに現れた。**


長い髪、真っ黒な瞳。

まったく無表情のまま、

じっとこちらを“覗き込んで”いた。


思わず再生を止めた。


だが、その数秒後──

スマホの画面が勝手に再起動し、動画がまた始まった。


映像はラストの直前から。

あの女が、口元に笑みを浮かべながら、こう囁いた。


「……続きを、しよ?」


音声だけが、イヤホンを通して耳の奥に染み込んだ。


ぞくりと震えたと同時に、

自分の手が“もう自分の意志ではない”ように動いていた。



以降、自慰をするたびに異変が起きた。


目を閉じると、すぐに**“指先以外の感覚”**が先に達してしまう。

誰かが、自分の下腹を舌で押し上げるような、奇妙な快感。


手の動きと関係なく、

脈打つような感触が下半身から先に来る。


終わったあと、

何もしていないのに、

手に“唾液のような液体”がついていた。


(……誰が触ってる?)


試しに録画してみた。

カメラは真っ暗になる。


だが、音声にははっきりと、

「ん……出していいよ」「私の中に、先に来てるから」

そんな別の女の声が残っていた。



もう元には戻れない。


普通の動画じゃ興奮しない。

人の声にも、肌にも、何も反応できない。


今ではもう、

“あの動画の空気”に触れないとイけない身体になってしまった。


それでも……

夜、部屋を暗くしてスマホを持てば、

画面越しにあの女は現れる。


今夜も言うだろう。


「……ねぇ、まだ終わってないでしょ?

 わたし、あなたが抜いてくれるの、ずっと待ってるんだよ」


──たとえこの先、何度“出されても”、

本当に“抜ける”のは、自分じゃない。


【完】

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