第37話『夜のトイレ個室、2人目の足音』
「○○駅ビルのトイレ、カップルで個室に入って“アレ”すると──
3人目の足音が聞こえるらしいよ」
そんな噂がある、と彼女が言い出したのは、
金曜の終電間際。飲み会帰りの軽いノリだった。
「入ってみる? あたし、そういうの……ちょっと興奮するかも」
──バカだな、と思いつつも、
スリル混じりの彼女の笑みに、抗う理由なんてなかった。
*
人通りの少ない地下フロア。
多目的トイレの鍵を閉め、
ふたりきりになる。
明るい蛍光灯、清掃直後の湿った匂い、
そして、薄い壁に響く静寂。
それが余計に興奮をあおった。
彼女を膝に乗せ、キスを重ねる。
口元から舌が這い、スカートの中へと手を伸ばすと、
彼女の声がくぐもって漏れた。
「……なんか、恥ずかしいのに、やば……」
そのときだった。
コン、コン──
足元で、小さな“靴音”が響いた。
一瞬の静寂。
彼女と視線が合う。
(……他の個室?)
けれど、ここは個室ひとつだけの多目的トイレ。
間違いなく、俺たちだけのはずだった。
なのに──
床を見ると、**トイレの個室の仕切りの隙間から“もう一対の足”**が覗いていた。
白く、細く、爪の長い足。
スカートの裾が少し見えていた。
(誰だよ……!)
慌てて彼女を押しやるように立ち上がろうとした瞬間、
ドアノブがガチャリと揺れた。
続けて、**首の後ろに“氷のように冷たい手”**が絡みついてきた。
「……だめだよ、出ちゃ……」
耳元に、知らない女の声がした。
*
鍵は閉まっている。
誰かが外から開けようとしているわけではなかった。
中に──最初から“もう一人”いた。
逃げるように鍵を開け、彼女の手を引いて外へ。
顔面蒼白の彼女は、震えながら呟いた。
「……あたし、あのとき──
後ろから**2本の手で胸を触られたの……**でも、あんたの両手は腰にあった……」
「……中で3人でしたのは、あんたじゃないよ」
*
それ以来、駅ビルのトイレは改装され、
その多目的個室は使われなくなった。
理由は公開されていない。
でも噂では、
“その中での異常な音声”が監視マイクに残り、
調査のために封鎖されたという。
あの夜の足音、
そして首筋に感じたあの手──
今でも、トイレのドアを開けるたび、
**「誰かがもうひとり中にいる」**という気配が消えない。
そしてあの日以来、
彼女とは会っていない。
いや──会えない。
なぜなら、彼女のSNSには今もこう書かれている。
「◯◯くんと3Pできた♡ ひとり、顔見えなかったけど。……ねぇ、あなた、誰だったの?」
【完】
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