第37話『夜のトイレ個室、2人目の足音』

「○○駅ビルのトイレ、カップルで個室に入って“アレ”すると──

3人目の足音が聞こえるらしいよ」


そんな噂がある、と彼女が言い出したのは、

金曜の終電間際。飲み会帰りの軽いノリだった。


「入ってみる? あたし、そういうの……ちょっと興奮するかも」


──バカだな、と思いつつも、

スリル混じりの彼女の笑みに、抗う理由なんてなかった。



人通りの少ない地下フロア。

多目的トイレの鍵を閉め、

ふたりきりになる。


明るい蛍光灯、清掃直後の湿った匂い、

そして、薄い壁に響く静寂。


それが余計に興奮をあおった。


彼女を膝に乗せ、キスを重ねる。

口元から舌が這い、スカートの中へと手を伸ばすと、

彼女の声がくぐもって漏れた。


「……なんか、恥ずかしいのに、やば……」


そのときだった。


コン、コン──


足元で、小さな“靴音”が響いた。


一瞬の静寂。

彼女と視線が合う。


(……他の個室?)


けれど、ここは個室ひとつだけの多目的トイレ。


間違いなく、俺たちだけのはずだった。


なのに──

床を見ると、**トイレの個室の仕切りの隙間から“もう一対の足”**が覗いていた。


白く、細く、爪の長い足。

スカートの裾が少し見えていた。


(誰だよ……!)


慌てて彼女を押しやるように立ち上がろうとした瞬間、

ドアノブがガチャリと揺れた。


続けて、**首の後ろに“氷のように冷たい手”**が絡みついてきた。


「……だめだよ、出ちゃ……」


耳元に、知らない女の声がした。



鍵は閉まっている。

誰かが外から開けようとしているわけではなかった。


中に──最初から“もう一人”いた。


逃げるように鍵を開け、彼女の手を引いて外へ。


顔面蒼白の彼女は、震えながら呟いた。


「……あたし、あのとき──

後ろから**2本の手で胸を触られたの……**でも、あんたの両手は腰にあった……」


「……中で3人でしたのは、あんたじゃないよ」



それ以来、駅ビルのトイレは改装され、

その多目的個室は使われなくなった。


理由は公開されていない。


でも噂では、

“その中での異常な音声”が監視マイクに残り、

調査のために封鎖されたという。


あの夜の足音、

そして首筋に感じたあの手──


今でも、トイレのドアを開けるたび、

**「誰かがもうひとり中にいる」**という気配が消えない。


そしてあの日以来、

彼女とは会っていない。


いや──会えない。


なぜなら、彼女のSNSには今もこう書かれている。


「◯◯くんと3Pできた♡ ひとり、顔見えなかったけど。……ねぇ、あなた、誰だったの?」


【完】

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