〈短編〉夜に煌めく夏の華
夕砂
夜に煌めく夏の華
夕暮れの光が浴衣にやわらかく差して、下駄の音がリズムを刻む。
七月の花火大会。
夏の真ん中で、熱気と笑い声が街を包み込んでいた。
電車も駅も、見渡すかぎり人、人、人。
だけど、今日はそれさえも嬉しい。
友達と髪を結い合い、お互いの浴衣を褒め合って、
屋台の列に並ぶ時間でさえ、なんだか特別に思える夜。
浴衣の裾をそっと気にしながら、わたしは友達と並んで歩いていた。
「歩きにくくない?」
わたしが聞くと、彼女は笑って首をふった。
風が髪を揺らす。いつもより丁寧に巻いた髪が、すこしふわりとほぐれる。
夕焼けは街の向こうへと沈んで、空には夜の気配がにじみはじめていた。
道の途中で、いろんな人たちとすれ違った。
初々しく手をつないで歩く、浴衣姿のカップル。
まだぎこちない歩幅のまま、どこか照れくさそうに、それでも離れずに並んでいる。
きっと今日、この夜を一緒に過ごせたことを、これから何度も思い出すんだろう。
少し歩いた先では、お父さんとお母さんに両手をつながれ、はねるように歩く小さな女の子。
屋台の明かりに目を輝かせ、何かを指差しては、はしゃいでいる。
その姿は、遠い夏の記憶にそっと触れた。
人混みの向こう、笑い声が聞こえた。
ふと目を向けると、小さな女の子を膝に乗せて、笑いながら空を見上げるお母さん。
その手が優しく揺れるたびに、女の子の笑顔が空に向かって咲いていた。
道の端には、家の縁側に並んで腰かけ、並んで夜空を見上げる老夫婦。
言葉は交わさずとも、二人のあいだにはあたたかい時間が流れていて、
その静けさが、なんだかとても美しく思えた。
──そのすべてが、
私がこれまで歩いてきた道の途中に、そして、
これから歩いていく未来の景色に、どこか重なる気がした。
過去と未来が交差するこの道で
わたしは、"いま”を歩いている。
空がゆっくりと、夜に染まる。
川沿いの斜面には、一面の人、人、人。
はじまりを待つ空気が、あたりを満たしていた。
ざわめきが、波のように引いていく。
次の瞬間、夜空にそっと光の尾を垂らした満開の花が咲いた。
少し遅れて届いた音が、胸の奥に静かに広がる。
きらめきは、一瞬だけ顔を覗かせる幻のように、あっという間に夜空へと吸い込まれていった。
煌めきが空に咲いた瞬間、わたしは静かに目を細めた。
この一瞬に、どれだけの想いが込められているんだろう。
誰かの願い、誰かの記憶、そして、今を生きる誰かの笑顔。
そのすべてが、夜空を染めていた。
少しだけ感傷に浸っていたら、隣の友達がくすっと笑って声をかけてくる。
「ねえ、大丈夫?」
「え?あ、うん。……綺麗だね」
「去年の今頃はさぁ、何考えてたんだっけ。思い出せないね」
「そうだね」
目が合って、ふたりしてふっと笑った。なんでもない一瞬が、なんだか特別に思えた。
「きっと、今悩んでることも、嬉しいことも、そのうち忘れちゃうんだろうなあ」
そう呟いた友達の横顔が、ふわりと輝いて見えた。
そのうち本当に、いま悩んでいることも、
何にときめいて、何に傷ついていたのかも、
ぜんぶが風に紛れて消えていってしまうのかもしれない。
でも。
それでも、このぬくもりだけは、どうか消えないでほしい。
たとえば、今日の夜風のやさしさ。
笑い合ったときの空気の温度。
誰かのことを思いながら、静かに見上げた夜空の広さ。
名前のない光が、
時を越えて、未来のわたしにも、そっと届いてくれたらいい。
そして──
きっとどこかにいる、まだ出会っていない"君”にも。
夜空に咲いた一瞬の光が、
遠くにいる君の空にも残っていたらいい。
ほんの一瞬でも、同じ夜を見ていたとしたなら、
この夏は、ずっと終わらない夏になる。
〈短編〉夜に煌めく夏の華 夕砂 @yzn123
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