第8話 漆黒の乙女とインチキ医師。

 魔道武具師ゲオルク・バウエルがウエステッドをさって、8年の月日が流れた頃、ゲオルクが『魔断のローブ』を与えた少女、ミエル・マシューは、見目麗しい女性に育っていた。


 絹のように白い肌に、艶やかな濃紺の髪を腰の長さまで伸ばしており、ガリガリにやせ細っていたころがウソのように豊満バスト。ミエルの美貌とスタイルは、街中にに知れ渡っていった。


 しかし、ミエルの体内の魔力を制御できない特殊な体質は、大人になっても変わらなかった。それどころか乙女になる頃にはさらに魔力が強大になっていき、ゲオルクからゆずってもらった『魔断のローブ』が片時も手放せなくなっていた。


 ミエルの美貌と、魔断のローブを羽織った神秘的な姿から、やがて彼女は『漆黒の乙女』と呼ばれるようになっていた。


 すくすくと成長していく一人娘の姿に、父親のミハエルは安堵した。

 が、平穏の日々は長くは続かなかった。今度はミハエルが病魔に倒れたのだ。


 ミエルが美しく成長をしていくのと反比例するように、父ミハエルはガリガリにやせ細って行き、ついには寝たきりになってしまったのだ。


 ミエルは父を救うため、ほうぼう手を尽くすも医者みな首をふるばかり。


 ついには藁にもすがる思いで、黒い噂の絶えない医師、パラケルスに診断を依頼することになる。

 そう、ミエルの病気を一族の悪行の呪いとうそぶき、呪いを払うと言われる大理石製のツボを購入させたあの詐欺医者だった。


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「ふむ、ふむ……ふむむむぅ!!」


 インチキ医師のパラケルスは、怪しげな杖を振り回しながらミハエルの診療を終えると、娘のミエルに芝居がかった声で言い放った。


「ズバリ! あなたのお父上は呪われているでしょう!!」

「そんな……どうすれば、父は助かりますか?」

(しめしめひっかかった、ひっかかった)


 インチキ医師のパラケルスは、にやつくのを必死に抑えながら、仰々しい演技を続ける。


「お父上の呪いはとても頑固です。ズバリ、トイレの黄ばみのごとく!!」

「ううぅ……、わたくし、お父様のためなら何でもします! パラケルス様、どうか……どうか……お父様をお助け下さいませ!」

(うひひ、世間知らずの小娘め。がっぽりとだまし取ってやるぜ!)


 パラケルスは神妙な面持ちで、インチキ医療用具がギッシリと詰め込まれたカバンから、小さなツボをとりだす。


「私の秘術を尽くした『神秘のツボ』です。これをご購入いただければ、お父上の病気は、ズバリ、たちどころに良くなるでしょう!!」


 ミエルは、パラケルスが得意げに掲げる神秘のツボをまじまじと見つめると、首をかしげる。


「あら? このツボ……わたくしの寝室にもありますわ」

「なんと! そうでしたか……ツボを買ったということは、ミエルさん、あなたは幼少の頃に、私の診察を受けたということですな?」


 診断をした相手を覚えてすらいない。随分な物言いだ。しかしミエルは、とても素直な少女だった。


「まあ! そうでしたのね。その節はありがとうございます!!」


 ミエルはパラケラスに深々とお礼をする。両親の愛情をいっぱい受けて育ったミエルは、疑うことを知らないとても素直な少女だった。そして、あまりにも正直な少女でもあった。


「失礼ですがパラケルス様、そのツボには、呪いを払う効果はありません」

「はい?」

「お父様から聞いております。わたくしが幼少のころ床に臥せたのは、体内の魔力を制御できないためだったと。わたくしが今、こうして不自由なく暮らしていけるのは、そのツボのご利益ではけっしてありません。ゲオルク様より賜った、『魔断のローブ』のおかげですわ」

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