ネコを拾ったら魔族になったったオハナシ  〜ネコと一緒のスローライフ〜

とんじる

40代のスローライフ

第1話

カツ、猫を拾う


 車はY県からN県に入った。冬の黒々とした海を視界のすみに置いてアクセルをむ。明るいうちにとうげえたかったが、打ち合わせが押してしずんでしまっていた。昼過ぎまで降っていた雪のため道路も白く化粧している。この季節は、昼夜問わず鉛色なまりいろの雲が居座いすわっていることが多いが、今夜は風が強く、雲が流れて、珍しく月と星々が見え隠れしている。

 

 海岸道路から峠越えの山道に入るため、信号を待っていると空に流れ星が見えた。やがて流れ星は二つに分かれて片方は海側に消えていった。珍しいものを見たが、願い事は言えず終いだったのに気がつく。小学生の頃、キャンプに行って流れ星を観た時も見とれて願い事を言えなくて友達にからかわれた。そういう所は、大人になっても変わらないらしい。


 時計は18時半を過ぎたばかりだが、年末だからか他の車の姿を見なかった。(俺だけかよ。)貧乏暇びんぼうひまなしとはよく言ったもので、今年は大晦日おおみそかまで編集作業をするつもりなのだ。


 

 冬の峠道は降った雪が踏み固められてテカテカとライトを反射している。右手に小さな川が峠道に沿って流れている。


 道幅はたっぷりあるが、スピードは出せない。スタッドレスタイヤをいていようが、チェーンを巻いていようがすべってしまえば同じで、事故の可能性は限りなく高くなる。30分程車を走らせると左手に閉鎖へいさされたドライブインが見えた。自動販売機だけが低い音を立てて稼働かどうしている。

 

 車外に出ると思ったより風が冷たく、パーカーのフードをかぶる。滑らないように足下に意識を置きながらヒタヒタと歩き、コーヒーを買った。


 冷める前に飲み干して車に戻ろうとした時、川の側で、小さな何かが動いた気がした。ふと興味がき、川に近づくと黒っぽいそれはまた動いた。(まさかな…?)この季節のこんな場所に子犬や子猫がいるはずも無いと思いながら5メートル程の距離まで近づいた時、雲間から月が顔を出し辺りを照らした。それが、子猫だと分かった。


 捨て猫なのか、迷子なのかは知らないが、放っておけば間違いなく明日まで持たないだろう。


 今、保護することに躊躇ちゅうちょはなかった。俺は姿勢しせいを低くしてなるべく子猫を刺激しげきしないようにゆっくりと近づいていった。猫を飼ったことがある人や頻繁ひんぱんせっしたことがある人なら理解できると思うが、全く面識めんしきのない猫をさわるのは中々難しい。猫にもよるが、警戒けいかい心の強い生物なのだ。

 

 子猫は俺を認識すると、全身の毛を逆立てて耳を後方に倒して警戒体制に入っている。2メートルの距離迄きょりまで近づいた時に、俺は手袋てぶくろをして来なかった事に気がついた。子猫と言えど鋭い爪がある。手を保護するモノは必須な訳だが、車まで戻ると子猫が逃げてしまうかもしれない。

 

 …覚悟を決めた。肉を切らせて骨を断つ!  


 静かに深呼吸をひとつして、俺はゆっくり、ゆっく〜りと子猫に左手を伸ばした。目の前まで左手が伸びてきた時、子猫は右脚みぎあしで俺の手の甲を引っ掻いた(立派な爪を持ってやがる!)左手の皮膚ひふやぶれ血が流れるのを感じながら、俺は残った右手で子猫の首根くびねっこをつかんだ。…掴んだと思ったが、子猫はかわしざま、右手にかじり付いていた。親指と人差し指の間に齧り付く形になった。子猫のくせに力が強いのか、親指の付け根の骨がくだけたかと思った。が、大きなチャンスである。右手を齧らせたまま左手でパーカーのすそを広げ右手ごと子猫を突っ込んでしまう。パーカーの中に入れる時に左手に第二撃を喰らって手のひらからも血が流れたが、任務にんむ完遂かんすいした。

 

 車に戻ってドアを閉め、腹の辺りで暴れる子猫が落ちつくのを待つことにした。子猫の歯は右手にかなり深く食い込んでいる気がするし、噛みつかれた時、身体の中にバキバキと音がひびいた。(歯じゃなくて、きばだな…)そんな事考えながらパーカーの中で暴れ続ける子猫がおとなしくなるのを待つ。お腹を追加で噛まれることがないように祈りながら、右手に感じる強い痛みをじっと耐えた。

 

 どのくらい時間が経っただろう…子猫がおとなしくなった。興奮してフーフーいってた鼻息も消えた。おそおそるパーカーから出した。落ち着いている。背中を触った時はビクッとしてたけど。怪我でもしてるのか。背中を触ると小さく鳴いて抗議こうぎしてくる。


 子猫は虎毛とらげのふわふわした毛を持っていた。全体的に俺の血でベタベタしてるが、洗えばキレイな毛並だろう。俺の噛み付かれた右手は深い傷になっていたし、左手からの出血で、服も車も酷いことになっている。助手席で毛繕けづくろいを始めた子猫を見ていると、自分の身体が随分ずいぶん熱いのに気がついたが、意識いしきとおのいてそのまま眠りに落ちた。

 

 スマートフォンが身体をふるわせて着信を知らせている。士郎しろうさんからだ。士郎さんというのは、俺の借りてる借家の大家で、何から何まで世話になってる人である。

 

 「あ、かつさん、今どこだぁ?」

「まだ、サルナシ村の辺りです。」

「あれ、もう1時間はかかるのう。事故でもったかと思ったけど、待ってるよ。」

「事故ではないのですが、猫を保護しました。」

「ね、猫ぉ!瑠璃るり、克さん、猫拾ったど。」

電話の奥で瑠璃子るりこさんが名前は?とく声がする。

「まだ、飼うと決まった訳じゃ…」

と言うと、士郎さんは、おすめすかをいてきた。この夫婦に電話じゃあらちがあかないので、すぐ帰ると、電話を一端いったん切った。


 思えば、この夜の猫との出会いが、俺の日常を変えてしまうことになった。これは、魔族になった俺が、失った日常スローライフを取り戻すために奮闘ふんとうするオハナシ。



 あとがき

初めて小説を書いて投稿しました。読んだ方々、感想など頂けたらうれしいです。今後ともよろしくお願いします。

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