第6話
どうしてこの女は外で会うのが好きなのだろうか。
指定されたカフェのテラス席に座りながら、私はそんなことを考えていた。
私の隣には少し緊張した面持ちの碧が座っている。きょうの碧のファッションは白地のTシャツに丈の短いジーンズという格好であり、顔にも化粧はしていなかった。
碧はニコであるということを母親には黙っておいてほしいと私に懇願した。話せば面倒くさいことになることは間違いないだろうし、私の仕事にそれを暴露するということまでは含まれてはいなかった。
約束の時間ぴったりに碧の母親は姿を現した。前回とは違った形の白いワンピースにキャペリン、顔の半分が隠れてしまうほどのサングラスといった姿だった。
「碧、ひさしぶりね」
椅子に座る前に碧のことをちらりと見た彼女はそう呟くように言うと、席へと案内してきた店員にアイスミルクティーを注文した。
俯いたままの碧の顔は明らかに強張っていた。
「約束通り、連れてきた」
私はそう言って席を立ち上がる。あとは、彼女と碧の話だ。そこに踏み込む理由を私は持ち合わせてはいなかった。
立ち去ろうとする私の手首を碧が素早く握った。それは想定外だったため、私はバランスを崩しそうになる。
「待って」
「え?」
「あの写真出して」
「あの写真?」
私がわからずにいると碧は「チェキ」と囁くように言う。
本当にいいの。私は言葉に出さず、目で碧に聞く。
碧はその意味を理解したようで頷いてみせた。
仕方がない。
私は持っていたハンドバッグの中から、あの日、碧と一緒に撮ったチェキをテーブルの上に置いた。
碧の母親は、写真になにの意味があるのかといった表情で、写真をじっと見つめる。
しばらくして、碧の母親は写っているのが誰であるかわかったらしく、眉間に皺を寄せると嫌悪感に満ちた表情となった。
あっ。私がそう思った時には、もう遅かった。
乾いた音が鳴り響いた。
すぐ近くの木にとまっていたセミがジジジジという羽音を立てながら飛び去っていく。
碧は平手で叩かれた頬を押さえながら、母親のことを睨みつけていた。
「あなたには幻滅しました。もう帰ってこなくて結構です」
碧の母親はそう言い捨てると席から立ち上がり、去ろうとした。
そして、一歩踏み出したところで思い出したかのように立ち止まり、私の方へと振り返った。
「こんなことになるなら、捜してもらわない方が良かったわ」
そう言ってハンドバッグの中から取り出した封筒を私の胸に押し付ける。
分厚い封筒だった。おそらく、これには口止め料も含まれているのだろう。私は勝手な解釈をして、その封筒をありがたく受け取った。
カフェから立ち去っていく碧の母親の姿を陽炎越しに見つめながら、私は碧に話しかけた。
「こんな終わり方で良かったの?」
「いいんだ。これでおれは自由になったんだから」
「そう。じゃあ、これからも頑張ってね、ニコちゃん」
私はそう言って席を立った。
帰り道は日の当たる場所を避けて、日陰を歩いた。私のような裏稼業の人間は日の当たらない場所を歩くのがお似合いだ。そんなことを思いながら歩いたが、それでも背中に流れる汗を感じるほどに暑かった。
了
陰日向 大隅 スミヲ @smee
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