二周目の彼女が一周目の俺に告白しろと迫ってくる
とおさー@ファンタジア大賞《金賞》
第1話 俺は一周目、彼女は二周目
――もう一度人生をやり直せるとしたら?
誰しも一度はそんな想像をしたことがあるだろう。例えば何か大きな壁にぶち当たった時、挫折した時、失敗した時、後悔した時。
どうしようもなくなった人間はつい現実逃避をするように考えてしまうのだ。
もしもあの時、別の選択をしていたら、と。
しかしやり直した結果、必ずしも幸福が待っているとは限らない。時には失敗も起こりうるだろう。一度目よりも失敗して、より過酷な結末を迎えるかもしれない。そのままで良かったと酷く後悔するかもしれない。
やり直せば人生が好転する、とは限らないのだ。
それでも人々は考える。
――もう一度人生をやり直せるとしたら?
そんな意味のない妄想をしてしまうのだ。授業中に、入浴中に、就寝前に。ぼんやりと想像して、次の日には忘れてしまう。まるで何事もなかったかのように、日常の喧騒へと戻ってしまう。
そして平凡な一日がまた始まるのだ。
※
「――実は私、二周目なんです」
その言葉が俺の耳を震わせた。
それは高校の入学式から二ヶ月が経過したある日のことだった。お昼休みに、クラスの女子から呼び出されたのだ。
彼女は一年二組の有名人、いや、学年一の美人との呼び声が高い――氷空塁音である。
一度も話したことがないのに突然どうしたのだろうか?
そんな疑問をぶつける暇もなく、屋上まで来てしまった俺は、ゆっくりと顔を上げた。
そこに立つ彼女は噂に違わぬ美貌の持ち主だった。
肩までかかるしなやかな黒髪。唇は薄く、まつ毛は長い。瞳は大きく、ぱっちりとしており、体型も細いというほど細くはなく、しっかりと出るところは出ている。まさに非の打ち所がない、学年一の美人という評判にふさわしい容姿。
そんな彼女は開口一番にこう言ったのだ。
「――実は私、二周目なんです」
「二周目?」
思わず俺が首を傾げると、彼女は一歩近づいてきた。そして張り詰めたように息を吸うと、真剣な眼差しで口を開く。
「この高校に入ったのも二回目。一年二組になったのも二回目。そして不動くんと同じクラスになったのも二回目。全部、二回目」
「はあ」
間抜けな声が漏れた瞬間、屋上に風が容赦なく吹きつけ、俺の髪を軽く揺らした。一週間前までワックスでがっしりと固めていた髪は、今では風でぐしゃぐしゃになってしまうほど脆い。
対する彼女は風にも一切動じず、力強い瞳でじっと俺のことを見つめていた。
「……えっと、二周目ってどういう意味?」
俺は混乱している頭を必死に巡らせながら、やっとのことで言葉を絞り出した。
動揺するのも無理はないだろう。なぜなら俺は初めて話すクラスメイトに、突然声をかけられたと思ったら、人生二周目とかいう意味の分からないことを打ち明けられているのだから。混乱するなという方が無理がある。
「言葉の通りです。この人生、私にとって二度目なの。一度目の高校生活を終えたと思ったら、なぜか入学式に戻ってきていて、同じように時が流れている。だから二度目」
俺の質問に対して、氷空はさらっと答えた。まるで何事もなかったように、平然と、当たり前のように。
「氷空さんって、もしかして天然?」
「て、天然って……いきなりなんてことを言うんですか!」
「いや、それはこっちのセリフなんだけど」
少しはこちらの気持ちを考えてほしい。突然、人生二周目だとカミングアウトされた人間への配慮が足りないと思う。
「とにかく、私は今二周目なんです。だからこれから起こることも全て知っています」
「具体的には?」
半信半疑ながら、もう少し彼女の茶番に付き合ってみることにした。教室での彼女は誰とも話さず、誰とも目を合わせない孤高の存在だ。最低限の業務連絡ですら敬語で済ませ、同い年とは思えないほどよそよそしい。
そんな彼女とこうして普通に会話をしていること自体が不思議でならなかった。
「例えば今日の午後のホームルームでは、スポーツ大会の実行委員を決めることになります。男子は中野さんが、女子は鈴木さんが立候補します」
「ほう」
「あとは席替えがあります。そこで私たちは隣の席になります」
「えっ? 俺?」
思わず声が裏返った。
「はい。それに運命を感じたあなたは……ふふっ、何でもないです」
「なるほど」
随分と具体的な妄想だなと思う。逆にこれだけの内容を真顔で言えるその胆力だけは尊敬に値した。
それにしても彼女と隣の席か。正直、ちょっと嫌だな。なにせ彼女の周りは色々な意味で騒がしい。他クラスの男子が次々と告白しにやってくるという光景は、この一ヶ月で数えきれないほど目撃している。
そのたびに容赦のない言葉をぶつけて、断るという流れはもはやクラスではお馴染みである。
そしてあまりの公開処刑っぷりから、『氷空塁音は残虐非道だ』という噂が学年中に広がり、巷では彼女のことを『氷の魔王』と呼ぶものもいるほどだ。それくらい、彼女の周りは色々と騒がしいのだ。
「まあそれは午後の時間に分かるからいいとして」
俺はゆっくりと彼女の瞳を見た。彼女は先ほどから肘に手を置きながらずっとそわそわしていて、落ち着きのない様子でちらちらとこちらの様子を伺っている。
一体俺に何を期待しているのだろうか。
そんな疑問を頭の隅にやりつつ、俺は先ほどから一番気になっていた質問をぶつけることにする。これだけは絶対に聞いておかなければならない。
「わざわざ俺を呼び出した理由を教えてくれないか?」
「理由……ですか」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。そしてしばらく考えるようなそぶりを見せると、
「そんなの決まってるじゃないですか」
突然声を張り上げて、ピシリと指を突きつけてきた。
「不動くん、あなたが一番怪しいからです! いいえ、もはや確信しています。あなたは私と同類だと」
「ええ……」
俺、そこまで頭おかしくはないはずなんだけどな。
同類扱いされるのは流石に不服と言わざるを得なかった。
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