花産霊の姫と冷徹当主
橄欖石 蒼
一章 出会い
第1話 異能の姫
昔々の、もっともっと昔。
創造の神が大地を
できたばかりの大地はまだ荒れ果てていて、
命はあっても生きるのがやっとでした。
それに心を痛めた——の神は——降りて——、
人の——。
******
青空にぽつぽつと白い雲が浮かんでいる、よく晴れた日。整えられた庭園を春風が吹き抜け、
澪咲は「香春高の
一度は婚姻していたが、
「おねえさまー!」
とてとてという賑やかな足音とともに、几帳の向こうから幼い少女が顔を出す。澪咲の姪だった。その両手には小さな花瓶が大事そうに抱えられている。
「あれ、あれやってください!」
「あれね、わかりました」
せがむ少女に澪咲はにこやかに微笑み、花瓶を受け取った。
目を閉じて花瓶を両手で包む。花瓶から双葉が芽吹くと、それはみるみる生長して葉や蔦が伸び、鮮やかな青い花を咲かせた。
それは、春には見かけないはずの、朝顔。
「どうぞ」
「わああ! きれい……!」
澪咲から花瓶を受け取った少女が瞳を輝かせる。それをあたたかい気持ちで眺めていると、しゃらりと音がして御簾が揺れた。部屋に入ってきたのは、兄嫁だった。この少女の母だ。
「ははうえ、おねえさまにいただきました!」
「そ、そう、良かったですね……」
兄嫁は僅かに引き攣った笑みを浮かべると、少女から朝顔の咲いた花瓶を取り上げて、澪咲の前にかつんと冷たく音を立てて置いた。
「さ、行きますよ」
少女の手をぐいと引いて、兄嫁は部屋を出ていく。少女は何度も振り返り、名残惜しそうに朝顔を見つめていた。距離を取る兄嫁の目にあったのは、はっきりとした恐怖。
澪咲は目の前に置かれた朝顔に視線を落とし、小さく息を吐く。
こんなことは慣れっこだった。
物心ついた頃からある、この力。
手元に水か土があれば、季節を問わず思い描いた花を咲かせることができる。それが澪咲の持つ不思議な力だった。
この世に、不思議な力を持つ者などいない。
——澪咲一人を除いては。
この力が何なのか、澪咲本人も含めて誰にも分からない。家の者は、この力をただ恐れていた。加えて当主家の流れを組む裕福なこの家では、花を咲かせる力など何の役にも立たなかった。
虐げられこそしていないものの、澪咲は距離を置かれ、家の中ではいつも一人。気付けばずっと、そうだった。
******
「お前の嫁ぎ先が決まった」
父に呼び出され告げられた言葉。あまりに急なことだった。
嫁ぎ先は辺境の国——
この婚姻は香春高から持ち掛けたもので、近年力をつけてきた貴鞍との結びつきが欲しい、という思惑があってのことだった。香春高の当主家には姫がおらず、離縁して国に戻っていた澪咲に、再び婚姻の白羽の矢が立ったのだ。
しかしこの婚姻は、貴鞍から複数の条件が突きつけられるという、契約ありきの婚姻だった。
一、澪咲は側室として迎える
二、香春高からの供は受け入れない
三、澪咲を通じて互いの内情や
四、期間は一年間とする
五、不履行があった場合すぐに契約無効とし澪咲を戻す
香春高としては契約を呑むしかなかった。澪咲が側室でも、互いの国が不干渉でも、期間が一年でも、貴鞍との結びつきが欲しかったのだ。
——うららかな春のある日。澪咲は貴鞍が寄越した牛車に乗り、たった一人で旅立った。
牛車の中で軽くため息をついて、懐から一本の
夫となる人——
——冷徹な暴君である、と。
気に入らない者は片っ端から粛清し、斬首も
澪咲は簪を両手で包んで胸に抱いた。
こうなってしまった以上、もう自分の運命は受け入れていた。香春高の国のために、民のために、最期に一働きしよう。
牛車の隅で焚かれている香の匂いを嗅ぎながら、澪咲は俯く。がたがたと牛車が揺れるまま、身を任せた。
——向こうでは、この花を咲かせる力を、誰かの役に立てられるだろうか。
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