『明日の弁当が楽しみすぎな件』

猫師匠

第1話「リコリスとの出会い」

桜美林大学・3年生、日向めぐるは、今日も忠生のアパートで目覚めた。

スマホのアラームが止まり、ふと天井を見上げる。


「……はぁ、朝ごはん……」


冷蔵庫の中には、使いかけのキャベツ、卵1個、賞味期限ギリギリの納豆。

食べようと思えば食べられる。でも、心はもう動かない。


「自炊、飽きたなぁ……っていうか、食べたいって気持ちが湧かないや」


食べるのが好きだったはずのめぐる。

でも最近は、コストのこと、栄養のこと、献立のこと、考えるほどに“面倒”が勝ってくる。


そんなとき。

寝転びながら開いたSNS広告に、ふと目が止まった。


『ごはんが楽しみになる、そんな一日をあなたに。』

――宅配弁当「リコリス」


「……なにこれ、怪しいけど、ちょっと可愛い」


どことなくクラシカルなロゴ。

“岩手県産コシヒカリ使用”の文字。

写真の弁当も、ちゃんと“お母さんの味”って雰囲気がある。


「……試してみよっかな。1日だけなら、ね」


ぽち、とボタンを押す。

選んだのは、“お試しセットA”――

ポークカレー・コーンフライ・ジンジャーソテー・浅漬け・味噌汁・ご飯つき。


午後1時。

インターホンが鳴った。


「はーい……わ、時間ぴったり」


ドアを開けると、配送員が無言で小さな保冷バッグを手渡してくれた。

白地に花のロゴが入った、可愛いけど質実剛健な袋。


「……これが、“リコリス”?」


テーブルに置き、ジッパーを開ける。

ふわっと漂う、カレーの香り。


「え、いい匂いすぎ……!」


保温された弁当箱の蓋を開けると、そこにはまるで旅館の朝食のような整った布陣。


艶々の白ご飯(岩手県産)


とろとろポークカレー


サクサクのコーンフライ


しっとりした豚のジンジャーソテー


鮮やかな紫キャベツの漬物


湯気の立つ味噌汁(別容器)


「……お弁当、ってレベルじゃないかも」


箸をとり、まずは一口。


――カレー。甘口で、でもコクが深い。

肉がほろほろとほどける。ご飯が、止まらない。


「うわ、これ……お母さんが頑張ったときのやつ……!」


コーンフライの衣は軽く、とうもろこしの甘さが弾ける。

ジンジャーソテーは驚くほど柔らかく、噛むたびに生姜がふんわり香る。


味噌汁を飲んだとき、思わず声が出た。


「はぁ〜……しみる……」


食後。

スマホに通知。

七海れいからLINEが届く。


「ねぇ今日も学食でメシまず!! そっちは〜?」


めぐるは、弁当の写真を送った。


れい「ちょ、なにこれうまそうすぎwww」

めぐる「リコリスっていう宅配弁当。今日から始めてみた」

れい「ネーミング詩的すぎない?気になるわ」


画面の向こうでれいがどんな顔してるか、なんとなく想像がついた。

めぐるはスマホを置き、ふぅと息を吐く。


「…なんか、明日が楽しみになってきたかも」


それは、たった一食の弁当だったけど。

確かに、彼女の日常をすこしだけ彩ってくれた。

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