艀 (Remix)

アイス・アルジ

第1話 艀 (Remix)

 男は一人、堤防に立って水路を見つめている。焦げ臭い匂いは、朝もやの下に沈んでいる。水面には朝焼けの空が映り、昨夜の炎に焼かれた破片や塵芥の燃えさしが、オイルの渦模様の間を漂っている。

 ドシッと音を発して揺れた。彼は錆びて折れ曲がった長手のパイプを折り取り、堤防を押した。そして綱をほどき、艀に飛び降りた。


 男の名は JCs 、彼は足もとの木箱を、堤防に繫がれたはしけの上に落とした。艀は堤防を離れ、あとは水路の緩やかな流れに任せた。艀から放たれた波が、破片や塵芥を揺らし堤防にぶつかり跳ね返る。

 時に火柱を上げ、夜空を染めて都市を覆っていた火は、もう見えない。彼は目を閉じ瞑想した。艀はゆっくりと都市へ向かって流れ始める。


  JCs は木箱の脇に立ったまま、あたりに目を向けた。死体も目を閉じて流れた。貨物運搬用に掘られた水路は、急ごしらえのように鋼板の堤防で覆われ、死体を流れやすくするために削られた土砂が堤防の上に積み重なっている。

 彼もその同じ流れを下る。水路を流れる死体は自由を取り戻し、着いたり離れたり、回りながら流れた。昨夜は多くの死体が流された。


 死は恐れではなく、退屈に鼻をくすぐる甘い匂いだ。しかし艀はやがて岸にたどり着くだろう。今、その姿は浮かんではいない。あまりにも多くの死を見たため、死体は日常の景色に溶け込んだ。

 屑の中にあったヒマワリの種は、空中でクルっと回り水面へ落ちた。 JCs は上着のポケットを裏返して、底にたまった屑を水路へ落とした。


 そしてしばらく近くを漂ったあと、死体の流れを追うように艀を離れていった。波紋が広がる。 

 一部に、鱗のような塗料痕が残っているのが見てとれる。堤防に植えられた灌木は黒く焦げ、冬のように丸裸の姿で立っている。やがて水路は河に出る。鉄骨造りの倉庫は煤けて、火の痕か腐食性の液体の痕か、全面が錆に覆われている。


  JCs はパイプを使って艀を堤防に近づける。綱を手繰り、壊れた手すりに結び付け、艀の上から木箱を引き上げた。荷下ろし場のように階段状に窪んで、傾いて崩れかけたコンクリートのプラットフォームの脇に艀を止め、上った。ひび割れたアスファルトの上を、台車を転がしながら街中へ向かった。彼は倉庫の半開きのドアから中に入り、台車を引き出し木箱を上に載せた。

 黒く汚れた作業着の火番の男たちが、火を消さないように瓦礫を投げ込んでいる。


「やぁおはよう、ジェイズか、また戻って来たのか。相変わらずさ」ごみ処理施設のような廃墟の前を通りかかった。

「おはよう、昨夜は大きな火柱が見えたが?」 JCs は静かに声をかけた。 鋼板で囲われた煉瓦造りの大穴から煙が立ち上り、隙間からは炎が這い出している。

「まあ、大した数さ、ずっと燃やし続きだよ。じゃあな」火番は背を向けると作業に戻っていった。

「死人の数は多いままかい」


 火番はグローブで庇を作り JCs を見た。 

 ここへ戻る事ができるのは、俺くらいのものだろう。そして債務は果たされるだろうし、 JCs は見届ける事しかできない。残った死人しびとは火に焼かれ、川に流された。一部の富裕層は郊外のリゾート施設へ逃れた。時は炎のように揺らめいて、今が現実なのか夢なのか定かではない。今、この都市にどれだけの人が残っているだろうか。

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艀 (Remix) アイス・アルジ @icevarge

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