4-2 舞い手は
翌朝。
「えっ、学校行くの?」
友子に驚かれ、蓮はごにょごにょと微笑んだ。
「うん、熱も下がったし、朝起きたら元気だったし」
友子は、「はぁー」と声をあげながら腰に手を当てる。
「いやー若いってすごいねぇ。ねー、英治くん……あ、英治くん出張だった。とにかく、無理しないでね。もししんどかったら午後で帰ってきたら?」
「うん、そうする。ありがとう」
蓮は頷き、いつもよりも少しゆっくりと朝ごはんを食べた。
***
朝、京平と共に登校した蓮は、
「あ、京平ごめん、ちょっと待って」
生徒玄関へと向かう道を離れ、祠の方へと足を向けた。京平もまた、後ろからついてくる。
鳴衣主神社へと続く細道。その細道に沿って並んだ、七つの祠。
その左端から4つが砕け、壊れていた。祠の周囲には赤いコーンが置かれている。 先生方の間でも、「誰かが悪戯で壊している」のか、「地面の下のパイプが破裂して水が漏れている」のか、見当がついていないらしい。
「……」
砕けた祠の跡からも水は流れ出し、土を黒く染めている。そして五つ目の祠には、初日に見た時のように、大きなヒビが予兆のように入っていた。
「あと三つ」
静かな声。ビクッと振り返った蓮の背後に立っていたのは、ユキ先輩だった。ミントグリーンの傘を差している。つやつやとした長い黒髪が、雨風に揺れた。
「ユキ先輩」
「水橋、身体は? 熱は?」
「あっ、はい。治まったのであの、学校来たくて」
「そうか、無理はするんじゃないよ」
「はい。あれ、そういえば先輩はどうしてここに?」
「……ま、祠は祠だから」
ユキはそう言うと、鞄と傘とを肩に担ぎ直し、白い両手を合わせ、目を閉じた。そして、祈るように言った。
「神様でもイナ様でもなんでもいいから、アタシたちに味方してください」
蓮は――隣に立つ京平と目を合わせ、同じように、手を合わせた。
ざあっ、とひと際強くなった雨が、脅すような音を立て降り注ぐ。
「ほら、行くよ。特に水橋、風邪がぶり返すぞ」
そう言ったユキの声は、どこか優しかった。蓮は小さく頷き、ユキの後ろに続き生徒玄関へ向かった。
***
昼休み、部室。ユキや初穂に葵、そして京平も集まって弁当を持ち寄っている。
机の上には、腕輪の右と左、そして扇が置いてあった。
蓮はおにぎりを咀嚼しつつ、それらをじっと見つめる。
「ん、水橋どうした?」
「あ、その。ずっと気になってたんですけど、4つの道具がすべてそろったとして、誰が舞い手を務るか、ってまだ決めてなかったですよね」
「ああ、それか」
ユキはこくりと頷いた。蓮の隣に座っていた京平が、ぶるりと身を震わせた。
「でも、大役だよね。だって、ちゃんと歌いながら踊らなきゃいけないワケだし」
「命運って奴だもんなあ」
蓮は頷くと、ユキを見た。
「確か、男であっても問題はないんでしたよね」
「ああ。記録を見ると、どうしても女子の成り手がいなくて仕方なく男子が踊った……という年もあったらしい。そもそも、浴衣コンテストも女子部門に加えて男子部門があったみたいだしな。まあ、女子の方が無難だけど男子でもいいってことだろう。とはいえ」
ユキははっきりと言った。
「アタシがやるけどね」
ユキ以外の部員の視線が、自然と集まる。ユキはへらりと笑った。
「だってほら、ここは部長としてアタシがやるべきでしょ。違う?」
「まあそれは……異論はないですけど」
「ユッキィならそう言うと思った。でもさ」
葵がそう言って、段ボールから起き上がった。猫のような目が、じっとりとユキに向けられる。
「ボク、一つだけ気になってるんだわ」
「なに?」
「ユッキィ、最近ちゃんと寝てる?」
葵は、じっくりと――ユキの顔を、穴が開くほど見つめた。何故だか、空気がピリッと張り詰める。野良猫に似た三白眼が、何かを見定め観察するようにユキを見ている。
ユキは、「アッハッハ!」と甲高く笑った後、胸を張って言った。
「ばっちり、どんな状況だって8時間寝るオンナだよ、アタシは」
「……ホント?」
ぱちり、ぱちり。葵の目が、じっと見開かれる。一方のユキもまた、鉄のように意思の強い瞳で葵の眼差しを押し返した。
「本当さ」
「そっか」
葵はうんうんと頷くと、言った。
「じゃあユッキィに任せるの、ボクはさんせー」
そう言うと、葵は再び段ボールの上にごろんと横になった。先程までの張り詰めた空気はどこへやら、3秒後には寝ていそうなだらけ方である。
一方、そんなやりとりを聞きながら、京平はずっと黙っていた。唐揚げ弁当をつついていた箸の手も止まっている。
「京平? どした?」
「あ、いや」
京平は、何かを言おうとして、
「いや、なんでもない。ごめん」
京平はにこりと笑った。
ユキがうんと頷く。
「よし、じゃあ決まりってことで」
では次に、と話題が進む。
「紙がカビだらけだった件なんだけど、どうにか文字を消さずにカビを消す手段は、初穂が――」
だが蓮は。
隣の京平の様子が気になって仕方なかった。
***
昼休みが終わる五分前。蓮、京平、初穂の三人は、部室棟から教室へと向かっていた。
「……」
「ん?」
二年の教室が並ぶ廊下の手前で、初穂が蓮の袖をクイクイと引いた。
「あ、そっか。『写真展の用事』があるんだっけ」
適当なでまかせを言って、蓮は京平に片手を挙げた。
「じゃあ京平、また後で」
「うん」
初穂の後に続いて廊下を歩きながら、蓮は小声で言った。
「京平の事?」
初穂はこくりと小さく頷いた。そして、「ついて来い」と手で合図をして、2階から1階へ続く踊り場へと下りていく。
そして踊り場の暗がりで、初穂は壁にぺたりと背をつけた。小柄な体が、蓮を見上げている。
初穂は言った。
「三村屋の、茜さんの話」
「え? あぁ……前に話してた奴だよね」
蓮はそう相槌を打ちつつ、腕を組む。熱が出ている間に見ていた夢。その中で、蓮は殆ど確信していた。あれは、茜さんではない、と。
初穂は何を言おうとしているのだろう?
「その出来事、6歳の夏、と言っていた」
「うん」
「あの頃。子どもたちのあいだで、夏風邪が流行っていた。学級閉鎖なども、起こっていた」
初穂がスマホを操作し、古い新聞の記事を見せてくれる。蓮は背を屈め、初穂のスマホを覗き込んだ。
「子供神輿の担ぎ手が夏風邪でおらず、子ども神輿は休止……子ども神輿……そうか、それで子ども神輿に参加できなくて、小さい頃の俺はしょげてたのか」
「……頑丈な子供だった事を自称する貴方が、その夏風邪に巻き込まれていないのはともかくとして」
「うん」
「……私が言いたいのは」
初穂は決意するように、深呼吸をした。
「体の弱い子どもだった狩間くんが、流行の夏風邪にかかってはいなかったのか、っていうこと」
「え……?」
確かに、そういえば。
京平は、すぐに熱を出す子供だった。
あの日。お姉さんと会った時。
やっぱり京平は、あの場には居なかった?
じゃあ、
「あれ、三村屋の茜さんだよ」
と朗らかに言った、あれはなんだったのか?
京平が分からない。
蓮の背中にぞくりと、言い知れない緊張が走った。
<続>
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