機械式腕時計

博雅(ひろまさ)

時計と彼

「木之葉さま、それは新しい腕時計ですね?」


御年十歳の、とても年齢に似つかわしくない大人びた語調で、私が庵主を務める寺の坊主さん・唯念君が言う。

外は昼の日中、カンカン照りの夏真っ盛りで、アブラゼミかクマゼミであろう、じいじい、とひっきりなしに声が響いている。


「うん。機械式。これ、見て見て」


「ほぅ」


扇風機のみが稼働している、草庵の私の寝室のちゃぶ台。そこに唯念君と一緒に座して、最近手に入れた時計を見ているのだ。シースルーというやつで、歯車や各種部品が一見してわかるような仕様である。

彼は額の汗を手の甲で拭いながら、時計に見入る。


「何やら、この円い枠の中で、せわしなく動いてますね」


「かわいいでしょ?」


「そうですね、そうですね」


唯念君の眼は皿のように大きく見開かれている。


「この子はね、いわゆる『自動巻き』なんだけど、たまに竜頭リュウズを手で巻く『手巻き式』でもあるのよ」


「ほぇー、放置すると止まっちゃう、とかですか?」


「ええ。こうしてね……」


私は時計を腕から外し、裏を見せる。半円状のパーツ――所謂のひとつだ――が、手を動かすと、その動きに追従するかのように、ぐるり、ぐるりと水平に滑らかに動く。


「ワインダーって言ってね、自動でこの『巻く作業』をやってくれるのもあるんだけど、私はそこまでしないでいいかなぁって」


「でも、それじゃあ時計がほんとに止まりやしませんか?」


「そうね、おすすめでは、毎日14,5回だけ、竜頭を手巻きで巻くといい、ってあったわ」


唯念君が手を恐る恐る近づけて来る。


「持ってみる?」


「はい。……落とさないように、落とさないように……」


聖なるものを手にするかのように丁重に腕時計を持つ唯念君。

何を思ったか、時計を耳にあてがう。


「………チクタクチクタク、速く言ってます!」


「ね?」


「はい。これが、生きている証拠なんですね」


「そうね。心臓が動いているようにね」


唯念房は目を閉じ、うっとりとした顔つきで音に集中している。


「心臓って、動いててあたりまえでしょ?」


「それは、そうですね。当然ですね」


「でもね、その『あたりまえ』が、何より大切なの」


「大切」


「そう。その『あたりまえ』は、いつかきっと、『ありがとう』に変わるのよ。――いえ、変えなければならないの」


唯念君が目を開き、私の瞳をみつめる。


「あたりまえ……そうですね、わたくしと木之葉さまの関係も、あたりまえではありますが、感謝すべきものですものね」


「えらいえらい」


くしゃくしゃと笑顔になる彼。


「唯念君、ちょっと巻いてみる?」


「まく?」


「ええ。巻くの」


「ああ、そうでしたか。でも、壊れやしないかと」


「業界最安値とはいえ、意外とタフだそうよ」


「じゃあ、何度か」


竜頭に華奢な指が添えられる。


「じゃ、巻きますよ」


ぐり、ぐり。


「……なんだか、重く感じてきました」


「そこらへんでストップね。巻けたという証拠らしいよ」


私に腕時計を返してくる。


「なんだか、わたくしも欲しくなってきました」


「ふふ、そう言うと思ってた。お誕生日が来たら、期待しててね」


「ええっ」


「どうしたの?」


「こ、木之葉さまと、一緒の……」


顔を真っ赤にする唯念君。


「お揃いになるの、恥ずかしいのかな? ん?」


「もう、木之葉さまったら、わたくしをからかって」


彼の頭を右手でわしゃわしゃと撫でてあげる。

外ではまだ、セミが鳴き続けている。


今年の夏も、また暑くなりそうだ。

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機械式腕時計 博雅(ひろまさ) @Hiromasa83

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