第35話『視線上のアリア』

〖アリアの視点〗


 ここは冒険者管理ギルド、総本部。

 またの名を、『無貌むぼういしぶみ』。


 誰が最初に名付けたかは知らないけれど……そう呼ばれるようになったのにも理由ワケがある。


 それは冒険者という職業が生まれる遥か昔、魔の王に世界が蹂躙されていた時代にまでさかのぼる。


 当時、この国バグラダを落城寸前にまで追い込んだ魔族たちがいた。


 アカシア族。

 魔の王を輩出したと言われる、魔族の中で最も残虐で悪名高き一族だ。


 数にして、わずか10体。

 たったその10体に、数千もいた兵士軍も、王直属の聖騎士も、為す術なく殺された。

 そして、善良な市民たちもまた、抵抗する間もなく命を奪われた。


 ただ滅びを待つばかりとなったその時、ある一行が現れた。


 武人、魔導士、そして聖職者。

 1人の青年を筆頭とした無名の旅人たち。


 そこから、戦局は一変した。


 青年の剣から放たれた光が、神の怒りの如き一太刀となり、一瞬にしてその場にいた魔族を薙ぎ払ったのだ。

 それを皮切りに、あとの3人が怒涛の攻勢を仕掛けていく。


 強大だったアカシア族は、一夜にして滅亡した。


 国は救われ、人々は歓喜したが一行の姿はそこにはいなかった。

 まるで最初から存在しなかったかのように、忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。


『英雄は、確かにここにいた。あの光がもたらした恩恵を、決して無駄にはしない』


 かくして、生き残った王の子は、王国再建と並行して一つの組織を立ち上げた。


 偉大なる4人の功績をたたえると共に、今もどこかで戦っている彼らを支えるために———。


 その組織こそが、現代いまの『冒険者管理ギルド』だ。


 そして今も、ギルドはその称号にふさわしいの出現を待ち続けている。




 …………と、ついつい前振りが長くなってしまった。



 要するに、私が今、隣の会話に聞き耳を立てているのは、他でもない。

 ギルド界隈で『勇者』の再来と噂される人物が、今まさに、面白そうな話をしているからだ。




▪︎⚫︎⬛︎⚫︎◆▪︎⬛︎おい、大丈夫なのかよ。さっきからあっちの姉ちゃん、俺のことチラチラ見てんだけど


●⚫︎◆▪︎しっ!真雲さんは黙って!あとキョロキョロしない!




 異国の言語?

 耳慣れない発音の羅列に、この抑揚………亜人語に近い。


 ………………。


 それにしても…………あの顔。



( ღ ЭὢЭ  ღ )三 ( ღ ЭὢЭ ღ ) 三 ( ღ  ЭὢЭ ღ )



 すっごいキョロキョロしてる。


 顔、丸っ。

 それに、『Э』の眼。

 妙に脱力感のある口も気になる。


 滅茶苦茶、失礼を承知で言わせてもらおう。

 正気だろうか。

 全然、強そうに見えない。


 隣の同僚も、困惑を必死に隠しているのが分かる。




『な、なるほど、その方とパーティを組みたいと』


『はい、それにあたってこの人の冒険者登録を———』




 ………ええ、嘘でしょ、不安でしかない。


 こんな………ほっといたら道の隅で死んでしまいそうな人が、冒険者登録などして本当に大丈夫なのだろうか。




「おいおい、受付の姉ちゃん、なに目ェそらしてんの?」


 視線を冷たく現在対応中の冒険者に戻す。


「あ、もしかして恥ずかしいの?」


「他のお客様のご迷惑になりますので、要件が終わりましたら、速やかにご退去をお願い致します」


「………ふーん、可愛いじゃん」


 笑顔を取り繕ってはいるが、頬の筋肉がわずかに痙攣けいれんしているのが自分でも分かった。




 もう!!

 なんでよりにもよって隣の受付!?

 私が対応したかったのに!!


 自分の運のなさが悔やまれる。

 こうも頻繁に遊び人の冒険者が居座るせいで、肝心な『勇者候補』と話す機会を逃してしまった。




『え、適性試験の同行ですか!?いや、それはちょっと………規約上、問題が……』


『え、でも的を切るとか、水晶に触れるとか、筆記試験はなかったですよね?』


『その、非常に申し上げにくいのですが……不正行為があったんですよ。試験中、同行者が陰で支援魔術をかけて、受験者に実力以上の階級を得させようと、ですので一人で———』




 ああ、ほら!!

 いつの間にか話が進んでる!!




「どうだい仕事終わりに、この街で一番美味い酒でも。俺がとっておきの場所、知ってるぜ?」


「結構です。『飲み仲間』をお探しでしたら、あちらのクエストボードにパーティ募集用の張り紙がありますので、そちらでご検討ください」


 しつこいな。

 いい加減、隣の話に集中させて欲しい。


 今日こそ、彼の秘密を知る絶好のチャンスなのに。

 前に失踪事件の件で話を聞こうとした時も、適用にはぐらかされたし。


 人避けオーラ、ガンガンに出して、ずっと一匹狼ソロだった彼が初めて誰かを連れてきたんだ。


 ……きっと相手も、肩を並べるほどの……肩を並べ………いったい、どういう関係なの………。




『いや、でも、彼には僕がいないとダメなんですよ(なにをしでかすか分かったもんじゃないから)』




   ズガンッッツ!!



「おい、ねえちゃん何してんの!?頭からいったけど大丈夫か!?」


「……………お構いなく」


 よほど驚いたのか、ナンパ男の声が裏返っている。

 当然だ。

 にやけ顔を隠すためとはいえ、突然、机の天板に頭を打ちつける受付嬢など、どうかしているとしか思えない。


 一応、平静を装いはしたが、内心はそれどころじゃなかった。


 え、え、なに、もしかして、そっち!?

 そういう関係!?

 対等というか、心許してる感じで話してたのってそういうことだったの!?


 ゴクリと、生唾を飲み込む。 


 …………禁断の香りがする。


 休憩室にいる他の受付嬢たちに、今すぐこの話を共有したい。

 エンタメに飢えている私たちにとって、こんなゲリライベント、ご馳走ちそうでしかない。


 ひたいを押さえながら、咳払いを一つ。


「申し訳ありません。ただいま、至急確認すべき内部の案件が発生したため、誠に恐れ入りますが、本日の対応はここで中断させていただきます。要件は改めて後日、別の担当者が対応いたしますので、ご予約の上でお越しください」


「え、えぇ………怖ぁ………わ、わかったよ。じゃあ、せめて、コレ最後で。このあたりで女、見なかった?黒髪に焦げ付いた肌、白い目隠しをつけたちょっと変わった女なんだけど———」


 人探しだろうか。

 ナンパ男が、その人の特徴を口にしている最中だった。


「おい、小童こわっぱ。小間切れにするぞ」


「へ?」


 男の頭上を遥かに超えて、大きな影が現れた。

 人並み外れた、そう、まるで壁のように背の高い男。


「ぇ………あ………」


 言葉を失ったナンパ男は、ぶわっと汗を噴き出し、その場で固まってしまった。


 まあ、無理もない。

 あんなに威圧されたんじゃ。


 ここからでもよく見える。


 分厚く使い込まれた重装の革鎧。

 深く窪んだ頬。

 左目には黒い眼帯を巻き、唯一覗く右目は、眼下の男をギロッと睨んで離さないでいる。


「うせろ」


 それ以上は何も言わなかった。

 ただそれだけで、ナンパ男は縮み上がり、逃げるようにギルドの出口へと向かっていった。


「流石はマクドルさん、の名は伊達じゃないですね」


「チッ。蛆虫うじむしどもめ、目を離せばすぐ湧いてくる………一度、まとめて潰すか」


 マクドルさんはそう吐き捨てると、隣の受付へ移動する。


「おい、そこのほっといたら道の隅でいつの間にか死んでそうな腑抜ふぬけ、ついてこい。シルバ、貴様は同行者ではなく教官候補生として連れて行く」


 私が受付の机に頭を打ち付けたあたりからポカンとしている二人を、マクドルさんは意にも介さなかった。


「分からんのか。適性試験を受けさせてやる、そう言ったのだ」

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