第8話

 数日時間が流れ、金曜の放課後。

 律は放課後の学校にて帰ろうと廊下を歩いていた。その途中クラス担任である有岡吉隆にばったり会う。

「お、相川。ジャズの練習はどうだ?」

 吉隆は気さくに話しかける。

「ああ、はい。順調だと思います。この前ジャムセッションデビューしたし」

 律の受け答えに、吉隆は「おお」と感心の声を上げる。

「それは良かった。じゃあ、この調子でジャズを頑張っていくんだな」

「はい、今はまだ出来る曲も少ないし、技術もまだまだ未熟だからこれからもっといろいろ出来るようにしたいなって思ってます」

 律がこう答えると、吉隆は「そうかそうか」と嬉しそうに笑う。

「あの、先生。島田君って大丈夫なんですか?」

 今度は律が話を切り出す。

 最近の渡は一人で過ごすことが増えた。律達の輪にも入ってこなくなってきたし、人を避けているように感じた。これに吉隆は「大丈夫、じゃないかもな」と前置きしてから話し始める。

「あれから牧野の家族と島田の家族を交えて面談をしたんだが、島田の方にも否がある、むしろ島田が人を馬鹿にしていたからこうなったんだって丁寧に説明しても、島田の母親は『でも手を出した方が悪い』『息子は悪くない』の一点張りだったよ。こっちとしては牧野が可哀想で仕方なかった。もしかしたら、プライドの高さは母親譲りなのかもしれないな」

「え? じゃあ、牧野君の方は大丈夫なんですか?」

 心配する律に、吉隆は「うーん」と唸りつつ話をする。

「牧野の方は母親がとにかく相手方に平謝りしていた状態だったな。相手方の態度も相まって、ますます自分の息子が完全に悪いって思い込んでるようだったし。だからこっちは入れ知恵をしてる。まあ、前々から『家に居づらかったらここに行けば良い』とか『何かあったら先生に言え』とかいろいろ言ってるし、あいつもそれに従ってうまく利用してるみたいだから、なんとかなりそうな気がするな。多分、あいつは島田にはない図太さを持っているから」

 吉隆の話を聞いて、律は内心胸をなで下ろした。同時に圭介は圭介で周りを頼りながら賢く生きているんだな、と感じた。

「それより、相川は自分の事に集中するんだ。大人になったらわかるが青春ってのは一瞬で、若さというものも若いという事実だけで価値があるんだ。だからそれを最大限活かして、今できることに全力を注げ」

 吉隆は言う。律はまっすぐな目で「はい」と答えた。


 日曜日、律は実と共にココットへ来ていた。

「あ、律君だ! 元気にしてる?」

 先にココットにいた忍が律に声をかける。

「忍君、久しぶり。あ、爺ちゃん。忍君と話したいから僕テーブル席に行くよ」

 忍に軽く挨拶して、律は実に報告する。

「ああ、いいぞ。行っておいで」

 実は律に言う。

 これを受けて律は忍と共に現在いるカウンター席からテーブル席へ移動する。

「どうしたの? 律君なんか調子良さそうだね」

 忍は早速話を聞く体勢に入る。律は話を切り出す。

「えっと、先週ここでジャムセッションデビューしたんだ」

 これを聞き、忍は軽く驚く。

「え? おめでとう! いいなぁ、先週用事があったから行けなかったんだよね。俺も見たかったなぁ、律君の雄志」

 拍手して自分の事のように喜ぶ忍、律は若干照れつつ「ありがとう」と返す。

「で、初めてのジャムセッションどうだった?」

 忍に聞かれ、律は答える。

「うまくはいかなかった。アドリブはもたもたしちゃったし、シメの部分はぐだぐだになっちゃった。でも最後まで止まらずに出来ただけ上々ってみんな言ってくれたよ。だから、悪くはなかったのかもしれない」

「そうだね、止まらずに出来るのはかなりいいと思うよ」

「でも、ジャムセッションで出来る曲は今のところ枯葉だけだから、もっと他の曲も出来るようにしたい。爺ちゃんからいくつか課題曲を指定してもらったから、これからもっと練習頑張ってジャムセッションをもっと楽しめるようになりたい」

 律の話を聞き、忍は「そっかぁ」と嬉しそうに相槌を打つ。

「じゃあ、最近の律君は絶好調ってことか」

 忍に言われ、律は「そうかもしれない」と返す。

「あ、そうそう忍君に意見を聞きたいことあるんだけど、良いかな?」

 律は忍に聞く。

 忍が返答しようとしたとき、博がやってきた。

「話の途中でごめんね。注文決まったかな?」

 博に聞かれ、律と忍は注文をする。忍はカツカレーとコーラ。律はチキングラタンとウーロン茶を頼んだ。

「了解。じゃあ雪子ママに伝えとくね」

 そう言って、博は去って行った。

「で、律君。聞きたい事って何?」

 忍は律に尋ねる。律は話を始める。

「同じ吹奏楽部員だった同級生に『ジャズはダサい』って馬鹿にされて、ちょっとしたトラブルになったんだよね」

「ああ、いるよね。そういう人」

 忍は腕を組み同感だと頷く。

「忍君の所にもいたの?」

 律は聞く。

「まあ、近い感じの人はいたね。俺の場合は他の人にジャズ好きを他言してなかったから『ジャズはダサい』なんて直接的な表現ではなかったけど、その人は『クラシックこそ真の音楽である』みたいな事を言ってたな」

 忍の話に、律は「へぇー」と返す。

 忍の話は続く。

「吹奏楽部員全員が全員そうじゃないんだろうし、むしろそんなことを考える人は少数派だろうけど、もしかしたら一定数いるのかもね。でも、はっきり言ってくだらない思想だよ。そういう人ほど心から音楽を楽しめてないんだと思うな。だからその律君の同級生はそんな発言をしちゃうんだろうね」

 忍の話を聞きいて、律は腑に落ちたと同時にモヤモヤとした軽い罪悪感に陥った。確かに渡の言動や様子を伺う限り、素直に音楽を楽しんで部活をやっているとは思いがたい。むしろ意地を張り無理をしている様子だ。

 青春ってのは一瞬で、若さはそれだけで価値がある。

 ふと、担任の吉隆からかけられた言葉がよみがえる。渡はくだらないプライドのために青春をドブに捨てているのではないだろうか?

 しかし、ここまで考えたところで、律は、まあいいや、と思うことにした。もしかしたら彼が考えを改めて軌道修正するかもしれないし、逆にしなくてもそれは律には関係ないし、それより自分の今を謳歌することが重要だと思ったからだ。

「そっか、そうだよね。ありがとう、忍君」

 律は忍に礼を言う。

「え? もう聞きたいこと聞けたの?」

 きょとんとする忍に、律は「うん、聞けた」と返す。

 これに忍は深追いせず「そっか」と返す。

「じゃあ、今後の目標のために何をしようか、とか決めてるの?」

 忍は頬杖をついて律に聞く。これに律は答える。

「うん、この前のジャムセッションで思ったんだけど、僕の音って他のサックスプレイヤーに比べて細いなって思ったんだ」

「でも律君ってサックス初めて半年も経ってないんでしょ? それならまだまだ仕方ないところもあると思うな」

 忍はこう意見を述べる。律の話は続く。

「まあ、そうだけど。でも基礎が足りてないのは感じたから、ロングトーンとか基礎練習もしっかり練習に取り入れて、音質の向上もしたいな。基礎練習の方法は吹奏楽部時代に身についているから、それをやっていけば良いかなって思ってる」

 これを受けて忍は「なるほどね」と頷く。律はさらに話す。

「あと、基礎的なスキルを上げつつやっぱり曲のレパートリーを増やしたい。それにはジャズの曲を知らなすぎるって思うんだ。この前爺ちゃんからCDをいくつか借りたから、いろいろ聞いて見つつ、出来る曲も増やしたいなって思う」

「良いじゃん! 嬉しいなぁ。俺も律君のことを応援しているよ」

 忍は嬉しそうにこう言った。

「ねぇ、忍君」

 今度は律が話を切り出す。

「ん? どうしたの?」

 忍が話を促すと、律はポツポツと話し始める。

「あの、僕、これからジャズをもっと楽しみたいし、もっといろいろセッションできるようにしたいと思ってる。忍君、僕よりいろいろジャズのこと詳しいから、その、もっと仲良くなりたいなって思ってるんだ。だから、僕と友達になって欲しいんだ。お願いできる?」

 これに忍は一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに笑ってこう言った。

「何言ってるの? もう友達じゃん」

 これに律は安心したように、そして嬉しそうに笑って「うん! そうだよね」と返した、忍も嬉しそうな顔をしている。

 その後、料理が運ばれて仲良く食事をする律と忍。やがてホストバンドによるミニライブが始まった。

 ジャズの世界に飛び込めて良かった。

 そう思いながら律は演奏に耳を傾けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャズと青春のココット 甘水 甘 @amamizukan2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ