第2話 アツキ・ミツヒサという子供

 唐突ではあるが僕は転生者である。


 こことは違う世界、科学技術の発達した世界。地球の日本で生きていた男の記憶。それを生まれながらに持っていた。


 おぎゃあと生まれて最初の感情は困惑。それはそうだ生まれながらに自我があったのだから。

 過去のないまっさら白紙の自分に驚き、恐怖した。他の赤子より大いに泣いたことだろう。


 困惑と恐怖の病院生活を終えて、僕の感覚ではとてつもなく広い美術館のような家に運ばれて、ようやく落ち着いて自身の状況を考える余裕が生まれた。


 どうも自分は、モンスターがはびこる剣と魔法の世界に転生したこと。ミツヒサ家という貴族階級の長男アツキ・ミツヒサとして生まれたこと。


 そこではたと気がついた。転生? なんで生まれ変わったと思った?

 その時ようやく、自身の中に違う世界の男の記憶があることに気がついた。


 なぜそこまで記憶があることに気がつかなかったというと、まるっきり実感がなかったからだ。

 他人の記憶をのぞいている感覚とでもいえばいいのか、記憶というより記録を見ているとでもいうか、まあ、つまりそんな感じ。


 自分のものではない異物であるから、気がつくのが遅れた。


 そのあとはというと悶々と悩んだ、転生だなんて、なにかしらの意味があるのかと考えた。だが、どう記憶を掘り返しても、転生した意味を見つけることなんかできなかった。

 神様的なものに会った覚えはないし、前世の記憶の中にも劇的な何かはなかった。

後悔も、なにも。


 気がついたことは、前世の記憶はところどころ欠損のある不完全なもので、何処の誰かなど個人を特定することのできないものだった。


 まあ、前世の思いとか、そういう重たいものがないのがいいことなのかどうか……


 とにもかくにもせっかくの転生である。無為に過ごすのはもったいないと思ったので、成長とともにいろいろと試すことにした。世にいう前世チート。

 

 だが、ことごとく失敗した。


 文明を進めてみようといろいろと調べてわかったが、この世界は科学技術の代わりに魔術が発達しており現代日本人の目から見ても不便と感じることがなく、僕ごときの知識を必要とするものはなかった。


 ならばと剣と魔法の世界らしく、戦闘技術の向上に努めてみた。


 父はこの国の騎士団の隊長の一人らしく最高の教師だった。

 剣を習いだして2年、腕試しとお子様集まる剣術大会に出場。最高の環境での結果は、同年代では敵なし。優勝をもぎとった。といっても5歳現在の話であって、成人の集中力があればこの結果は、当たり前だろう。

 

 そこで終われば未来の自分に夢を見られた。


 ところで、僕には2歳上の姉シノンがいる。これがまた、本物の天才だった。訓練が嫌いでさぼりがちなのに、同じ剣術大会の成人の部で優勝した。勝った後の感想は


「つまんない」


 である。僕は増長する暇もなく、自身の剣の才能が人並であろうと実感した。


 残る最後の希望。

 魔法。ファンタジーをファンタジーたらしめる前世にはなかった最後の聖域。

と、大げさに煽りたててみたが、今のところ手ごたえみたいなものはない。


 前世の知識を生かして赤子のころから、体内にある熱、恐らく魔力であろうものをコントロールしたり、量を増やそうと独学の訓練をしたりしてきた。


そう、独学。僕には魔法の先生がいない。


 しかしこれは不思議なことではない。

 子供に包丁を持たせないのと一緒で、一般的には10歳を過ぎたくらいから魔法の勉強を始めるのだそうだ。


 モンスターのいる世界にしてはのんびりしているとも思ったが、子供を戦いに駆り出すような切羽詰まった世界よりはよほどマシであろう。


 というわけで、僕のなんちゃって異世界俺TUEEE計画は一応継続中ではあるが、モチベーションは低下気味。ちっとも強くならないし、漠然と勉強しようとしても将来のビジョンがないとモチベが上がらない感覚。


 結果として残ったのは、年の割には落ち着いた、自分の未来に希望の持てない、可愛げのないガキだった。


 だが、そんな可愛げのないガキを家族は愛してくれた。

 だから今の目標は、家族のためにそこそこがんばる。である。

 そこそこ優秀な、少なくとも家族に恥をかかせないていどには実力をつけよう。なんて……


そう考えていた。


「シノン、アツキ、紹介したい子がいる」


 ある日父、父様がかしこまった感じに僕ら兄弟を集め話始めた。

 部屋には父様と母様、そして見知らぬ小さい女の子? うつむいていて顔がよく見えないな。


「さ、怖がらなくていいのよ」


 母様が女の子を僕らの前にそっと押し出す。


 女の子がおずおずと顔を上げた。


「えっ……」


 思わず声が出た。

 黒髪のボブカット、瞳は紫。人見知りなのだろう、目が合うと、視線をそらす。


「アツキちゃん?」


 姉さんが僕を呼ぶが気にならない。

 目の前の女の子から目が離せない。


「ひぅ!」

「ちょっと、アツキちゃん!?」


 女の子の顔に手を伸ばし無遠慮にこちらに向けてのぞき込む。

 なぜこんなに気になる?

 この子とあった覚えはない。

 でも、誰かに似ている?


「アツキどうしたの? ユズリハちゃんのお顔つかんじゃだめよ」


 ユズ……リ、ハ……?


 ユズリハ・シラヌイ?


「ユズリハ!?」


 ふらふらする。目が回る。どっちが上だか下だか。


「アツキ!?」


 周りが、暗くなって……



 僕は気を失った。


 そうか、この世界。

 何か引っかかってはいた。

 でもそれは前世の世界とのギャップとか、慣れていないだけだと思っていた。

でも、違った。


 僕はこの世界を知っている。

 この世界は、ゲームの世界。


 僕の愛した、『英雄再誕伝、君とともに…』の世界だ。

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