第三話 焔が呼ぶ、あのひと 01
旧校舎を不気味と称するか、静かで落ち着くとするかはその人次第だと思う。私は後者だけど。私は
旧校舎は学期に一回程度だけど、移動教室の時とか部活動で使うことがある。私の所属する天文学部の月一回の催し、星見会の炊き出しの材料を置かせてもらうこともある。
ここの廊下は時々ギシギシと音が鳴るけど、この古びた雰囲気は嫌いじゃない。むしろ新しくて、身の置き場がない校舎よりも肌馴染みがいい。
私は以前の理科室に入った。旧理科室は、背もたれがない木製の椅子が黒色の実験台の上に置かれていて、中学校の理科室を思い出した。私は後ろの古い机や椅子が積み上げられている隅に座った。
思ったより早く
その時、反射的に体がビクッと震えた。
……え、この音もしかして?
私はまさかの音に耳を澄ませた。
この緊迫感を感じるのに、動かなきゃって思わせる音って……
「
旧理科室に自分の声が響く。
誰もいないからこそ、余計に私の言ったことが事実だと証明している気がした。 ……きっとこれのせいで、変な雰囲気だったんだ。
焔災アラームは、
「ここでおとなしくしてよ。静かにしてれば、問題ないよね?」
不甲斐なさを誤魔化すように呟くと、膝を抱えて顔を
顔の体温が膝から足に伝わっていって、ちょっとだけ安心した。
「良かったんだよ、これで……」
私は嵐が過ぎ去るのを祈って、そのまま目を閉じた。
*
「嘘、寝ちゃったの?」
私はハッと顔を上げる。少し休もうと思っただけなのに、本気で寝ちゃったみたい。だけどそのお陰で頭は前よりはスッキリした。目の焦点もしっかりと合って――
「え、まさか……」
休んだはずなのに、目の前が歪んで焦点が合わない。
何回まばたきしてもそれは変わりない。
ううん、むしろひどくなっていく。
まるでゲームの画面酔いみたい。
ふらふらと目の前が勝手に揺れる。
私は――止まっているのに。
まばたきとリンクして、頭がミシミシと軋む。
ぎゅっと金属みたいに冷たくて重いものに、締め付けられてるみたい。
その軋みに呼応するように、妙な音も聞こえてきた。
体に響く高音は、耳だけじゃなく全身に突き刺さる。
骨まで、砕けそうだ。
だけど……一番おかしいのは、そこじゃない。
何故か――地面が沈んでいく。しかも一部分だけ。
まるで泥のように。
地面が柔らかく、そして重くなっていく。
私はなんとか、まだ固い地面に両手をつく。
落ち切った地面の様子を見る余裕はない。
この現象は――
きっと外では風が竜巻のように様々なものを巻き込んで、走り回ってる。
その空気が逆流を起こして、物を吸い込んだり、巻き上げたりと忙しいはずだ。
私はなんとか首を動かして、遠くなった窓に目を向ける。
窓はガタガタと音を立てている。
風で揺れる間に、木枠が重い音をあげる。
悲鳴みたいにガラスが鳴って、私の胸も軋みそうだった。
この焔災は、人々のストレスが膨れ上がって起こるものだ。
だから人々のストレス値が下がれば、騒ぎも収まるはず。
でも私の腕は――絶対に持たない。
だって、ここに私がいるなんて、誰も知らない。
こんなことなら学校に、戻らなきゃよかった。
どうしてこんなことに、なっちゃったんだろ。
私って……本当にバカだ。
大人しくしてれば、焔災の餌食に見舞われることも……なかったのに。
でも、このストレスに晒されて、いつも苦労しているのは誰?
そう――私たち
負の感情、つまり
どれだけ
私だって、鈍感でいたかった。
みんなみたいな……多数派で、いたかった。
好きでこんな体に生まれたんじゃない!
なのにずっと、生まれてから爪弾きにされる人生なんて、嫌に決まっているじゃない!
なのに、どうして……そんなに面倒臭そうな顔で見てくるの?
私の脳裏に、
私は養子だったから、俊一郎さんの親戚にも、唯夏さんの親戚にも煙たがられた。
だから私は十歳で、児童養護施設に行くと決めた。
だって……そうしないと、みんなが困るから。
実の親も死んでるし、里親も殺してしまったから。
疫病神は疫病神らしく、せめて静かにしてよう。
ずっと埋没しながら生きてきたのに。
ずっとこれでも普通に見られるように、一秒一秒耐えて来たのに。
……こんなところで終わるの?
いつの間にか濡れている頬が、冷たくなっていく。
頬から溢れる雫は、どん底に落ちていった地面の中に吸い込まれていく。
こんなこと考えたら、焔災がひどくなるって分かってる。
でもそれでも、だからこそ――ますます頬は濡れ続けた。
まるで洪水みたい。
腕の感覚が、無くなってきた。
もう何も考えられない。
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