第一話 ガラスの息をしている 03

「……さっきの一体なんだったんだろ」


 焔果屋ほむらやのバナナパフェを食べながら、私はさっきの縺糸れんしの反応を思い出していた。あんなことは初めてで、気持ちの落とし所が分からない。その後放心状態を誤魔化すように、ciel noirシエルノワールに寄って可愛い藍色のワンピースを買おうって決意はした。けれど、やっぱり考えちゃう。あんな反応――今までなかったから。


 でもきっとあの人、毒焔どくえんだよね? さっき助けてくれた人を思い出す。今思えばカッコよかった。クールな佇まいでどこか陰があって、引き込まれそうな――そんな雰囲気の人だった。


 毒焔どくえん――それは私たち縺蜜れんみつの祝福でもあり、呪いにもなる存在だ。少なくとも私はそう思ってる。


 毒焔どくえんの人は他者に影響を与える。その場にいるだけで人々を魅了することが出来る。毒焔どくえんの人たちは焔気えんきっていう生命エネルギーが最低でも人の倍はあって、そのせいで人々が魅了されるらしい。私たち縺蜜とは逆だ。


 私たち縺蜜れんみつは、人々から過剰に影響を受けてしまう。


 縺蜜れんみつはすごく繊細でって……自分で言うなって話だけど、縺糸っていう肉眼では見えない感覚器官が過敏さの原因らしい。ちなみに私は触覚がずば抜けてて、周囲が不安や歓喜に包まれていると、全身がびりびりと叫ぶ感じがする。それが始まると、他人の感情まで身体中を駆け巡ってくる。


 強いていうなら、選局できないラジオが周囲に何十台もある感じだと思う。別に人と繋がりたくないのに、勝手に繋がって、勝手に傷つく。そんな傍迷惑な存在――それが縺蜜だ。


 だけどそれを徹底的に和らげてくれる唯一の方法がある。それが毒焔の人との契約だった。


 契約すると、縺蜜れんみつは過敏さが契約した人に向かっていく。つまり毒焔の人に意識が集中する。だから縺蜜は毒焔の人との契約を望むことが多い。契約内容は色々で、友人関係の人もいれば、師弟関係、パトロンと色々ある。


 でも一番オーソドックスなのは、婚姻関係になることだ。私もそんな日を夢見ることもある。だけど、私にとっては夢物語だ。だって――私は疫病神だから。

 私は変わってる。私は平凡とか、没個性とか、テンプレとか、モブとか、そういった言葉には縁がなかった。残念なことに。


 私は――親を四人殺した。別に刃物で傷つけたわけじゃない。でも、それでも――きっと私のせいだ。


 物心ついた時に実の両親は他界してて、顔も声も、何もかも覚えてない。知っているのは、このイヤーカフ型の焔身具は私のために用意されたものらしい、ということくらい。

 里親の俊一郎しゅんいちろうさんも唯夏ゆいかさんも、交通事故で六年前に亡くなった。大切な人はみんな――私の元からいなくなる。


 どんなにいい子にしてたって、気を遣っていたって、家族も、家族になれそうな人たちも、あっけなく死んじゃった。私から声をかけて努力してたら、嘘でも笑っていたら、あの人たちの人生も繋ぎ止められたのかな? 私が何も出来なかったから死んじゃったのかな? お友達になりたかった子も私に怯えてた。これを疫病神って呼ばずに、なんて言うんだろう?


 だから毒焔どくえんを望むことはない。たった一人を夢見るだけ。私は少し潤んだ瞳に気づかないふりをしながら、バナナパフェを完食した。

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