学園ランククラッシャー ―再演（リフレイン）が導く階層逆転バトル―

第1話：最底辺の再出発

　月曜早朝、地下寄宿舎の消灯ベルが無慈悲に鳴り響いた。薄暗い通路の壁に沿って並ぶ小さな個室は、どれも湿気を含んだ鉄の匂いが染みついている。拓馬はその一室で、寝袋から上体を起こし、重くなったまぶたをこすった。

　 昨夜も眠りが浅かった。補習用ボイラー室での失態が頭をよぎる。何度目だ――同じミスを繰り返してしまう自分に、苦い笑いが漏れた。だが今は悔やんでいる暇などない。今日の一次ランク試験で結果を出せなければ、この学園の底辺生活は永遠に続く。

　 レヴェリオ・アカデミー――東京湾岸にそびえる巨大な私立学園だ。そこでは生徒一人ひとりの能力が専用アプリで数値化され、「クラスランク」と呼ばれる格付けが生活すべてを支配している。上位者は豪華なタワー寮、最新設備の特別授業、企業インターンシップの独占権を享受する。一方、下位者はこの地下寄宿舎での窮屈な生活と、旧式設備での補習を余儀なくされる。

　 拓馬はそんな最下層の常連だ。理由は単純で、機械整備の実習でいつも同じエラーを出してしまう。焦りで手順を飛ばし、結果、機械を壊す。そのパターンを何度も繰り返していた。

　 その日も一次試験前の最終チェックで、拓馬は補習用ボイラー室へ足を運んだ。冷却ラインの圧力計を確認し、配管バルブを調整する。――が、次の瞬間、異音とともに蒸気が噴き出した。

　「やっべ……」

　 またやった。思わず歯を食いしばる。手順を飛ばしたせいで圧力が急上昇している。

　 アラームが鳴り響き、赤色灯が回転する。火災警報だ。拓馬は反射的に工具を投げ捨て、非常消火装置をつかんだ。圧力破裂で火花が散り、機械油に引火。炎が一気に立ち上がる。

　 視界が赤に染まり、熱風が肌を刺した。普通なら逃げるべきだ。しかし拓馬は足を止めない。――危機的状況でだけは冷静に対応できる、それが彼の唯一の長所だ。

　 壁際に倒れた清掃員の姿を見つけ、すぐさま抱え上げた。咳き込みながら出口へと駆け抜け、消火器を使って炎の一部を抑え込む。

　 その瞬間だった。

　 天井が崩れ、白熱した火花とともに青白い光が降り注いだ。眩しさに思わず目を閉じる。――気づけば、拓馬の周囲だけが奇妙に静まり返っていた。まるで時間が一瞬、巻き戻されたかのように。

　 頭の中に直接響く声があった。

　『再演（リフレイン）――対象の行動を一度だけ巻き戻し、最適化せよ』

　 理解できない。だが直感的に分かった。これを使えば――相手の動きを学習し、次に逆手に取ることができる。

　 気づいたとき、火は収まり、清掃員は無事に救助されていた。だが試験官が駆けつけ、冷たい宣告をした。

　「拓馬、一次試験は失格だ。補習も追加だな」

　 唇をかみしめる拓馬。その掌には、まだ青白い光がかすかに残っていた。

　 ――この力があれば、もう同じ失敗は繰り返さない。いや、繰り返す必要がない。

　 こうして、最底辺の少年の“再出発”が始まった。