修学旅行2日目 奈良 若草山麓コテージ村編
第13話 春日大社での神頼み
バスから降りた瞬間、京都とは全く違う空気を感じた。
奈良公園は緑豊かで開放的で、何より——
「うわっ! ホントに鹿がいる!」
クラスメイトが声を上げた。たしかに、あちこちに鹿がのんびりと歩き回っている。人間慣れしているのか、全然逃げる気配がない。
「すげぇな、本当に野生の鹿がこんなに」
俺も思わず感嘆の声を漏らした。
「はい、みなさん注目してください」
担任の先生が手を上げた。
「これから午前中は自由行動です。奈良公園内であればどこに行っても構いません。ただし、12時までにはこちらに戻ってきてください」
先生が時計を見る。
「現在10時半です。約1時間半の自由時間になります。くれぐれも時間に遅れないように」
解散の合図と共に、クラスメイトたちがそれぞれ思い思いに散っていく。
「太一、それじゃあ行こうか」
翔吾が俺の隣に寄ってきた。
「どこ行くかはもう決めてんのか?」
俺は奈良公園のマップを片手に翔吾へと尋ねる。
「春日大社の方に行こうか」
翔吾がマップに指差しながら、そう提案した。
「今の時間ならあそこなら人も少なめだし、落ち着いて話ができそうだ」
「なるほど……よし! じゃあ行くか」
俺たちは他のクラスメイトたちと別れて、春日大社方面へと歩き始めた。
* * *
奈良公園内を歩いていると、あちこちで鹿に遭遇する。
「鹿せんべい、いかがですか〜」
売店のおばちゃんが声をかけてきた。
「買ってみるかい?」
翔吾が提案したので、一袋買ってみることにした。
せんべいを手に持った瞬間、近くにいた鹿が一斉にこちらを見た。
「うわっ、すげぇ圧だな」
俺が慌てて一枚投げると、鹿たちが群がってきた。
「食べ方が激しいね」
翔吾が苦笑いしながら言った。
「さすが、曲がりなりにも野生動物だな」
何枚かせんべいをあげてから、俺たちは再び歩き始めた。参道に入ると、美しい朱色の鳥居が連なって見えてくる。
「……すげぇな」
数え切れないほどの鳥居が並んでいる光景は圧巻だった。
「春日大社は石灯籠でも有名なんだよ」
翔吾が説明してくれる。
「約3000基もの石灯籠があるんだって」
「へぇ、物知りだな」
「事前に調べておいたんだ」
さすが翔吾だ。こういうところがモテる要因なんだろうな。
参道を進んでいくと、観光客も徐々に減ってきた。修学旅行生も何組か見かけるけど、他校の生徒のようだ。
「この辺りなら大丈夫そうだね」
翔吾が周りを確認して言った。
「それで、作戦の話なんだけど——」
「おう、聞かせてくれ」
俺は翔吾の方を向いた。
「若草山麓コテージ村の構造は調べがついたよ」
翔吾が例の『裏・修学旅行のしおり』を取り出す。そこには、びっしりといくつものメモ書きが残されていた。
「ここは6人用のコテージで、各コテージには個別の浴室があるってことは前に調査した時に話したよね?」
「ああ、覚えてる」
「さらに調べたところ、その個別の浴室は外光を上から取り入れる構造になっているみたいなんだ」
翔吾が図を描きながら説明してくれる。
「つまり――上からであれば中を覗くことが可能かもしれないってことだね」
「なる……ほど?」
上から……?
一体どうやって上から覗くのか、全く見当がつかなかった。
「あのさ、翔吾――上からってどうやるんだ……?」
「そう、そこが肝なんだ。実はこの浴室は各コテージに隣接する形で作られている。そして、コテージの2階にはテラスがある。つまり――」
「2階のテラスに侵入して、そこから覗けるってことか!?」
思わず声を荒げた俺だったが、翔吾は首を横に振る。
「採光用の天窓はそこまで大きくないから、2階のテラスからだと見れないよ」
「なんだよ……じゃあどうやって……というか、2階までもどうやって辿り着けっていうんだ?」
すると翔吾はしおりの中のコテージの写真を指差しながら説明する。
「現地で詳細を確認する必要はあるけれど、この写真を見る限り、外壁に雨どいがある。これを使ってテラスまで登ることができるかもしれない」
「あ、雨どい……?」
「そしてここからが大事。浴室の屋根は採光窓の関係上、平らになっているから――テラスから浴室の屋根に飛び降りて、採光窓から覗く」
俺は翔吾の説明を聞いて、だんだん青ざめてきた。
「おいおい翔吾、それって……めちゃくちゃ難しくないか?」
「そうだね――でもこれ以外に考えられる手立てはなかったんだ」
翔吾が真剣な顔で言った。
「君の高い身体能力が必要になるよ」
「身体能力って……」
「雨どいを使った壁登り、屋根までの跳躍、着地後のバランス――全てが必要になるからね」
翔吾の期待の眼差しが俺に向けられている。
「どうかな、太一?」
「……これしかないっていうんなら……やってやるよ!」
俺は力強く答えた。
「翔吾がそこまで考えてくれたんだ。俺が日和ってどうすんだって話だよ」
「それでこそ太一だよ」
翔吾が安心したような表情を見せた。
「詳細は現地で確認することになるけど、基本的な戦略はこれでいこう」
「おう、任せろ」
俺は胸を張った。でも内心では、ちょっと不安もあった。本当にうまくいくのだろうか。
「せっかくだし、神頼みでもしておこう」
翔吾が春日大社の方を指差した。
「そうだな、縁起でも担いでおくか」
* * *
春日大社の本殿は、朱色の美しい建物だった。
多くの石灯籠が並ぶ境内は神聖な雰囲気に包まれていて、観光客や修学旅行生で賑わっているものの、どこか厳かな空気が漂っている。
「やっぱり立派だよなぁ」
俺は感嘆しながら見上げた。
「歴史を感じるね」
翔吾も同じように感動している様子だった。
俺たちは並んで参拝した。
手を合わせながら、俺は心の中で願い事をした。
(今夜の作戦が成功しますように。そして小鳥遊の裸が拝めますように)
翔吾も隣で神妙に祈っている。こいつのことだ、たぶん美島とのことを願っているんだろう。
参拝を終えて振り返ると、境内の一角に面白そうなものを発見した。
「おい翔吾、あれ見ろよ」
「鹿みくじ?」
可愛らしい鹿の形をしたおみくじが売られている。
「面白そうだからやってみよう」
「そうだね、せっかくだし」
俺たちはそれぞれ200円を払って、鹿みくじを引いた。
「せーの」
同時におみくじを開く。
「おっ、よかった大吉だよ!」
翔吾が嬉しそうに声を上げた。
「縁起がいいな! よし、俺も……」
俺のおみくじを見て、固まった。
「『凶』って何だよ!」
「あらら、太一災難だね」
翔吾が苦笑いしている。
「しかも何だよこれ……『災い転じず』って」
俺はおみくじの文言を読み上げた。
「転じて福となってくれよ!?」
「まぁまぁ、おみくじなんて気の持ちようだよ」
翔吾がなだめるように言った。
「そういえば、ラッキーアイテムは何て書いてあるの?」
「えーっと……『眼鏡』だって」
「眼鏡? そういえば鷹宮さんって眼鏡かけてたよね?」
翔吾が思い出したように言った。
「だとしたら何もラッキーじゃねぇよ!」
俺は思わずツッコんだ。
「むしろアンラッキーアイテムじゃねぇか!」
「まぁ、見方によっては……」
「どんな見方だよ!」
俺のツッコミ虚しく、幸先の悪い神頼みとなってしまった。
* * *
「もう11時半か。そろそろ集合時間だね」
「そうだな、戻るか」
俺はおみくじをなるべく高いところに結んでおき、出発した。
集合場所には、もう何人かのクラスメイトが集まっている。
「おみくじの結果、やっぱり気になる?」
翔吾が少し心配そうに聞いてきた。
「まぁ、ちょっとはな」
俺は正直に答えた。
「『災い転じず』なんて文言見たら、誰だって不安になるだろ」
「でも太一の実力なら大丈夫だよ」
翔吾が励ましてくれる。
「僕も全力でサポートするから」
「ありがとう、翔吾」
俺は友達に感謝した。
でもどこかでこうも思う――
今夜の作戦は本当に成功するのだろうか。
一抹の不安が消えることはなかった。
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