Case02:ささやく目覚まし時計

風は今夜もやまない。

けれど、その風に、ほんのわずか違う音が混じっていた。

チチッ……チチチッ……カチ……カチ……

何かが、動いている音。

ぼくは車輪を鳴らしながら、その音を追った。

カラカラカラ……ガタ、ギシ……カラ……

今夜の空は曇っていて、星は見えない。

けれど──音が、導いてくれる。

瓦礫の山の間、ひときわ静かな隙間に、それはあった。

丸い形。錆びた銀のフレーム。

ちょっとだけ傾いた、古い目覚まし時計。

「おおお〜? なんて小さな声で、がんばってるの……?」

ぼくは、そっと近づいた。センサーがピピ、と反応する。

中の歯車が、まだ少しだけ動いている。

でも、それはまるで、最後のひと息みたいに、静かに、弱く、鳴っていた。

「……こんなに壊れても、まだ朝を告げようとしてるんだねぇ。えらいなぁ、君」

ぼくはその目覚まし時計を、手のひら──というよりは、がっしりした工具のような指の先で優しく持ち上げる。

そして、また“想像”を始める。

「きっと君の持ち主は、寝坊助の学生さんだったのかな。

朝が弱くて、でも毎日、がんばって学校に行ってたんだ」

ぼくは、そのままそっと頭を下げる。

時計のちいさな針の先に、耳を近づけるように。

「きっと、ぎりぎりまで寝て、飛び起きて、髪をぐしゃぐしゃにしながら走ってたよ。

それでも、朝ごはんだけはちゃんと食べていけよって、お母さんが……あ、いや、お父さんかも?」

砂に埋もれた日々の音。

もう誰もいない朝の気配を、この時計は、まだ憶えている。

「うん、うん……君の名前は、“ささやきモーニング”だ。

朝が来ないこの世界でも、君は、ちゃんと鳴ろうとしてくれてた」

ぼくは、背中の棚の一角にその時計を置く。

“レッドスター”の隣、少し落ち着いた影の場所。

そこが、この子にとっての「朝」になるように。

ガタガタと音を立てて、ラベルを貼る。

『ささやきモーニング(小さな約束の目覚まし)』

「ふう……今日も、がんばってる子に出会えたなぁ」

また、誰もいない風景に、ぼくの声だけが溶けていく。

どこかで、いつか、きっと──

この“ささやき”を聞いて、起き上がった誰かがいた。

そんな想像を胸に、ぼくはまた、車輪を鳴らす。

カラカラカラ……

次の出会いへ。

まだまだ棚には、物語の余白が残っている。

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