赤城千尋

 千尋は頼んでいたケーキを見やり、そこにフォークを突き刺した。それを口に運ぶと、再び2人の顔を見やった。


「……で、菜調ちゃん達はどういう方向性での活動を目指してるの?」

「方向性……?」

「ん。例えばアタシはダンス世界大会で優勝するのを目指して世界中の大会に出てるけどさ。」


 智歩は返事の言葉を詰まらせた。

 『新蛇祭』という短期目標こそあったが、その後の具体案は特に考えていなかったし、菜調から聞いたこともなかった。


 そして、それは菜調も同様だった。

 自分のパフォーマンスを世界に届けたいという想いこそあったが、具体的な手段は考えていなかった。

 

 言葉が出ない2人を見かねてか、千尋は優しく声をかけた。


「ううん、何でもない!




「千尋ちゃんはねぇ~ずばり、『ムカデのダンスを世界最強のパフォーマンスにする』ことを目指してますっ!」

「世界最強……」

「そ、世界最強っ!…………あ~っ、一旦座るね」


 思わずムカデの身体を伸ばして立ち上がってしまった千尋は、赤面しながら腰を下ろした。そして、額の触角を指で撫でながら話を始めた。


「アタシね、小さい頃は自分の身体がそんな好きじゃなかったんよ。周りにこんな身体の”人間”いなかったからさ。皆と同じ姿になりたかった」


 天真爛漫な彼女から放たれた不意打ちのような言葉に、智歩は胸がきゅっと締まる感覚を覚えた。

 それを語る千尋自身は、へらへらと軽い様子だったが。彼女は話を続ける。


「でね、そんな時に、ムカデのダンスに出会ったんだ。その時、心が”ざわざわ~っ”と揺さぶられたんだ!ムカデの身体でこんなにカッコいいことができるんだって、衝撃を受けたんだ」


「それからアタシは、ダンスに夢中になった。遠くのダンス教室に足しげく通いながら、ムカデの仲間とダンスの腕を磨きあったんだ。そうする内に、ムカデの踊りが世界で一番カッコいいって、心の底から信じるようになっていたんだ。この踊りができるムカデ身体が、誇りに思えるくらいに」


 千尋はしみじみとした表情をしていた。彼女は無意識の内に、腰付近から生えていたムカデの脚を撫でていた。

 

「……でもね、ムカデ蟲人以外には、このダンスは周知されてなかった。仲良くしてくれる友達も、ダンスに興味がある子も、ムカデのダンスには興味を持たなかったんだ。それがね、とっても悔しかった。ムカデの踊りは世界一カッコいいのに、何で誰も見てくれないんだ!……って」


 千尋は刀を振り下ろすように、テーブル上のケーキをフォークで真っ二つにした。 しかし、そのケーキの破片を口に運ばずに、彼女は口を動かし続ける。


「アタシは、この現状を認めたくなかった。そして、心のそこから、こう叫んだんだ。『世界中の人々に、ムカデのダンスが凄いって知らしめたい……いや、ムカデのダンスが世界一カッコいいことを証明してやりたい』って!」


 千尋の両手が、ばん、とテーブルを押し込んだ。

 通りかかったウエイトレスが、一瞬だけ足を止めて、3人を見やる。


 同時に太陽が雲の隙間から顔を出して、ぎらりと輝いた。パラソルの下にいるのに、何だか眩しさを感じて、智歩は眼をぱちぱちさせる。


 再び眼の焦点を前に合わせると、赤髪の女性が自信に満ちた笑顔を見せていた。彼女の首から生えるチョーカーのような顎が、てかてかと光沢を放っていた。


「それからはアタシは、ムカデの踊りの魅力を世界中に知らしめる……いや、ムカデのダンスが世界一カッコいいって証明することを目指すようになった。そこから、海外の大会を調べるようになって……ってゴメン!つい語りすぎちゃった!同年代の同業者が身近にいないから、ついテンション上がっちゃって……」


 ぴんと立てていた2対の触角をなよなよと垂らしながら、千尋は恥ずかしそうに謝った。しかし、智歩は夢中になってその話を聞いていた。


「全然大丈夫ですよ!私、まっすぐに夢を追っている人の”輝き”が大好きなのでっ!……それに、こういうことには慣れてますから」


 智歩は明るい笑みを浮かべながら、隣に座る蛇人ラミアに目配せした。

 菜調はストローでドリンクをすすりながら、きょとんとした目つきで智歩を見やる。少しの間を置いてストローから口を離すと、ことんとグラスを机に置いた。


「私も問題ない。続けてくれ」

「千尋さんは、今はどんな活動をしてるんですか?確か、海外での活動も多いんでしたよね?」

「そだね!今日みたいに国内のイベントで呼ばれることもあるけど、最近は海外の活動も増やしてるんだ!……で、アタシが最終的に目指しているのがこれっ!」 


 彼女が映したスマホの画面には、英語で書かれたパフォーマンス大会のHPだった。


「これは確か……種族混合で行われる、パフォーマンスの世界大会でしたよね?」

「そうだよ~っ!」


 千尋はご機嫌な様子でスマホを操作し、彼女自身が撮影した大会映像を映し出す。

 

 洗練された人魚の舞踊や、翼が生えた者の鮮やかな空中曲芸……。

 多様な種族のパフォーマーが、彼らの身体を活かした演技を魅せる。そのどれもが、心を揺さぶってくる。


 その感想を裏付けるかのように、映像に映る観客席も爆発しそうな盛り上がりを見せている。今すぐ駆け出して、画面の中に混ざりたいと思えるほどに。

 

「やっぱり凄いです……世界にはこんな魅力的なパフォーマーがたくさんいるなんて……。それに、会場の盛り上がりも凄いですねっ!」

「でしょ!?最高のパフォーマンスに魅せられて、文化も姿も違う人たちが一緒に盛り上がる……まさに至高の体験だよっ!」


 千尋は赤い眼をキラキラと輝かせていた。まるで、2つの恒星が目の前で燃えているかのようだ。


「……でね、アタシは高校生の時にこの大会を生で見る機会があってさ。その時に、欲張りなアタシはこう考えたんだ。――世界一カッコいいムカデの踊りで、誰よりも大きい熱狂を作りたいって!」


 千尋の言葉を聞いて、智歩はばっと目を見開いた。

 世界規模の大会で、種族や文化の壁を超えた熱狂の渦を巻き起こす――その目標を、”既に知っていた”ような気がしたのだ。


「ん?どしたの智歩P、なんか悩んでる顔だよ?」

「いや、この話をどこかで聞いたことがあるような気がして……」

「今日話した記憶はないけどなぁ、どっかのインタビューで話したんかなぁ~」

「そ、そうですよねっ、何でもないですっ!」

「うん、何もなかった!……えー、話しを戻しましてぇ~……。こうして世界大会優勝を目指すようになってからは、それを見据えた活動を始めたんだ!」

「なるほど、それで国内外のダンス大会に挑んで、実績と経験を積むようになった……」

「そう!……といっても、今日みたいなイベントでの活動もあるけどネ!どんな活動も、アタシの夢に繋がる活動なのは間違いないから……」

「今日のイベントっ!そうだっ、それですっっっ!!」

 

 そうだ、彼女は雄弁に”語っていた”じゃないか!


 今日の彼女のステージも、熱気と一体感に満ちていた。いろんな種族の観光客が、1つになってムカデの踊りに熱狂していた。


 あの時に、彼女のパフォーマンスから感じたんだ!ムカデのカッコよさで熱狂を起こしたいという、彼女の想いを!

 あらゆる人を熱狂させることを目指して練り上げられたパフォーマンスが、私達を釘付けにしたんだ!あの熱狂は、”それを目指した”から実現したものなんだっ!


「ち、智歩P!?!?」

「智歩!?」


 思わず立ち上がった智歩に対して、2人の視線が向けられた。それに加えて、通りすがりのウエイターも、驚いて足を止める。


「わかったんです!さっきの千尋さんの話が、すっと呑み込めた理由!今日の千尋さんのパフォーマンスから伝わってきたんです!……いや、逆かもしれないです。千尋さんがはっきりしたビジョンを持っていたから……えっと、つまり……???」

「智歩、落ち着け。深呼吸だ」

「はっ、はい……」

「大丈夫。わかったよ、智歩Pが言いたいこと」

「良かったです……」


 呼吸を落ち着かせた智歩は、赤面しながら座った。3人はそれぞれ顔を見合わせると、自然と笑い出した。

 そのテーブルは、暖かい空気に包まれていた。

 


「……あ!ごめん、そろそろ帰らなきゃ!」


 千尋が腕時計に目をやると、勢いよく席から立ちあがった。今回は勢い余ったのではなく、本当に席から離れるために。


「2人とも今日はありがとねっ!」

「こちらこそっ!とっても勉強になりましたっ!」


 テクニック等の話は少ししかしてないんだけどな、と千尋は苦笑いしながら智歩の顔を見やった。ただ、智歩の黄色い瞳は、真剣な感謝を訴えていた。

 そういえば、会話の中で彼女は何度か、大きな学びを得ようとするようなギラギラした眼を向けていた。きっと、彼女は”何か”を得たはずだ。

 

 千尋も口角を大きく上げて、心の底からの笑みを浮かべた。続いて彼女は菜調の方を見やると、菜調も小さく口を開き、「悪くなかった」と呟いた。


 それを見て千尋は満足げに頷き、改めて2人を見渡すように目を動かした。


「2人とも今日はありがとう!またお茶しようねぇ~っ!」


 無邪気なムカデの踊り子はをテーブルの上に置くと、片腕をぶんぶんと振りながら去っていった。

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