菜調という人間


 智歩が最初に持ち込んだのは、大きな白いワンピースだ。

 彼女は菜調に対して、あまりガーリーなアイテムを着ている印象はなかった。しかし、智歩には別の狙いがあった。


 ”菜調が興味を持ちそう”なファッションを彼女なりに選んだ結果、こうなったのだ。


 それに、菜調が特にリクエストを出さずにコーディネートを自分に任せたことを考えれば、彼女が普段着ない挑戦してもらうのもアリだと考えていた。

 これはあくまで試着、菜調が嫌がれば別のアイテムにすれば良い。いくらでも取り返しは付くのに、最初から勝手に怖がって選択肢を狭めても仕方ない。

 

 菜調は無言のまま差し出された衣装を受け取ると、そのままカーテンを閉めた。

  

 カーテンの隙間から見える蛇の身体は、殆ど動かない。

 蛇人はスカートやワンピースをエプロンのように着用する。しかし、智歩からするとワンピースは首回りに足を入れて着用する印象が強かったため、下半身が動かない光景にはどこか違和感がある。

 そして、動きが無いことで内部の光景が想像しづらいという点が、僅かだが智歩の不安を誘った。

 

「これで良いのか?」


 カーテンが開く音を聞いた智歩は、はっと顔を上げた。

 青髪の蛇人女性が、ベージュのつば付き帽子をかぶりながら、白のワンピースを纏っている。


 柔らかい薄手のスカート部分が、空調に煽られてぱたぱたとはためく。無地の生地はスキー場のようにどこまでも真っ白だ。

 その内側にどっしり構えるのは、光沢を放つ引き締まった蛇体。蛇体の背部には褐色の模様が鎖状に浮かんでいる。


 質感、重量、見た目……その全てが対極にあるような2つの存在が、互いの魅力を引き立てていた。


 ちなみに、蛇人女性に対する下半身の重量への言及は特にタブー視されていない。 さらに言えば、下半身がどっしり重たく見えれば上半身が細く見えて素敵という捉え方もあるようなのだ。

 

……といった具合に、智歩はファッションの特徴をドヤ顔で菜調に説明した。

菜調は帽子を両手で持ちながら、眼を丸くして話に聞き入っていた。彼女の瞳は、入店時よりも光っているように見えた。


「私のパフォーマンスのコンセプトと、少し似ているな」


 そう呟いた菜調に、智歩は”にっ”と笑って返した。

 

 それから菜調は試着室からのそのそと這い出ると、慎重な手つきで商品をあさり始める。そして、しばらくした後に、ゆったりした薄いジャケットを3着ほど抱えて戻ってきた。


「智歩、これはどうだ?」

「良いですね!……あれ、やっぱりワンピースは嫌でしたか?」

「…………正直に言うと、そうだ。智歩が持ってきてくれたから試しに着てみたが、やはり好みじゃなかった」

「そうですか……それは失礼しました」

「いや、大丈夫だ。智歩の説明は面白かった」

「良かったですっ!」


 そこからは、およそ1時間にわたって、2人はコーディネートを楽しんだ。


 

「ありがとう、智歩。服の見た目を考えるのも、案外楽しいんだな」


 店を出た後、両手にぶらさげた買い物袋を見つめながらこう言った。

 ただ、智歩の返事は無かった。


「……智歩、大丈夫か?」

「すみませんっ、菜調さんのプロデュース案を考えてたんですっ!」


 智歩は寝ていた所を起こされたかのように、慌てて返事をした。

 

「ずっと隙間時間を使って考えているんですけど、上手くいかないものですね。まぁ、ゆっくり考えていこうと思いますっ」


 菜調のやや前方を歩く智歩は、前方を向いたまま小さく笑った。

 

「……やっぱり凄いな、智歩は」

「いやいや、そんなに褒めても何も出ませんよ」

「いや、智歩はたくさんのものを私にくれる」

「へぇー、例えば何ですか?」

「服代を半分出してもらった」

「いや、この流れでそれはちょっと違くないですか?」

「……」

 

 菜調は再び、顔を下に向けて買い物袋を見やった。うつむいた彼女の顔に、小さく影が被った。


 

    ◇


 

 次に訪れたのは、スポーツウェアに強い店舗。チェーンではない独立店だが、かなりの人気と知名度があるらしい。

 お目当ては、パフォーマンス用の衣服だ。


 智歩は店に入る中で、1枚の張り紙を見つけ、足を止めた。

 

 『n月m日放送のドキュメンタリー番組で、当店が紹介されました』

 

 どうやら、テレビ放送をきっかけに店や店長へのファンが増えたらしい。


 智歩は説明をざっと見たところで、菜調のことを無視してしまっていたことに気づいた。

 慌ててきょろきょろと首を動かして菜調を探すと、店の奥から黄色い蛇の身体が伸びているのを見つけた。


 菜調は店の奥で熱心にスポーツウェアを選んでいた。

 睨むようにタグを読み込んでは、かごの中のアイテムと手元のモノを見比べている。

 

 先程のアパレル店でおどおどしながら洋服を選んでいた時とは、まるで様子が違っていた。


 菜調の元に向かう智歩の足取りは、無意識のうちに忍び足になっていた。菜調の真剣な様子が、そうさせたのだ。

 智歩は菜調の側にたどり着くと、しばらく無言で彼女の様子を見守った。


 菜調は手元のアイテムをカゴに入れると、背後の智歩に気が付いて振り向いた。


「すまない智歩。1人で夢中になっていた」

「いえいえ、お互い様です。それにしても、ずいぶん拘りがあるみたいですね」

「ああ、質の高いパフォーマンスのためには、何にも妥協したくないんだ」

 

 智歩が説明を促すと、菜調は細部まで行き届いた拘りを語り始めた。

 邪魔にならない適切なサイズ、激しい動きに耐えられる伸縮性、高い水準が求められる通気性、そして何より、怪我のもとにならない安全なデザインなど……。両手で数えるほどの要求項を語る菜調の様子は、まるで職人のようだった。

 

「……なるほど、凄いですね。私の出る幕はなさそうです」

「いや、最後に決めるのは智歩だ」

「へ?」

「機能面から私が候補を選ぶ。その中から、見た目が良いものを智歩が選んでほしい。……服の見た目は大切だからな」

「なるほど、了解ですっ」

 

 菜調は説明を終えると、再び夢中でウェアの厳選をはじめた。


 その姿を見て、智歩は彼女の魅力を再認識した。

 誰にも負けない、パフォーマンスへの熱意。絶対に夢を叶えるという意志と、それを裏付ける行動力。


 私は彼女のダンスだけじゃない、彼女の人間性にも惹かれたんだ。



「智歩」 


 菜調はいくつかのウェアが入ったカゴを両手で抱えながら、智歩を呼んだ。

 しかし、智歩は石像のように固まって返事をしない。尻尾で彼女の足を緩く締めてみる。


「……!」

「大丈夫か、智歩?」


「わかりましたっ!菜調さんに必要なブランディングの方法っ!」

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