EP 6
浮遊する木の葉と帰還の足音
あれから数日、俺――リアンの自主練は、新たなステージに突入していた。
体内の魔力を巡らせるだけでは飽き足らず、俺は次の目標を設定した。それは「魔力を体外に放出し、物体に干渉する」ことだ。
その実験台として白羽の矢が立ったのは、開け放たれた窓から風に乗って部屋に舞い込んできた、一枚の枯れ葉だった。
(理屈は分かるんだ。俺の魔力の塊を、あの葉っぱの下に潜り込ませるように放出して、凝縮させて、持ち上げるように念じれば…浮くはずなんだが…)
リアンはベビーベッドの上で、全神経を床に落ちた枯れ葉に集中させる。
体内の魔力を練り上げ、細く、鋭く、まるで一本の糸のように紡ぎだす。そして、その魔力の糸を、そっと枯れ葉の下へと送り込む。
最初は、魔力が霧散してしまい、何も起こらなかった。
だが、何度も、何度も繰り返すうちに、コツのようなものが掴めてきた。
(そうだ…ただ放出するんじゃない。密度を高めるんだ。薄く広げるんじゃなく、針の先端のように一点に集中させる…!)
リアンがさらに意識を集中させると、床の上の枯れ葉が、ぴくりと震えた。
手応えあり!
リアンはさらに魔力を注ぎ込む。葉っぱはカタカタと小刻みに震え、やがて、ゆらゆらと揺れ始めた。
(よし…! 少しだが、物体を動かすことができるようになったぞ!)
前世の記憶を含めても、初めて体験する超常現象。興奮で胸が高鳴る。
あと一押しだ。
リアンは歯を食いしばり(歯はまだ生えていないが)、残りの魔力を振り絞った。
ふわり。
まるで意思を持ったかのように、枯れ葉が床から数センチ、宙に浮いた。
ゆらゆらと不安定に揺れているが、確かに浮いている。無から有を生み出した瞬間に、リアンは魂の底から歓喜した。
(やった! できたぞ! かなり疲れるし、今の俺にはこれが限界だが…ついにやった!)
その達成感に浸っていた、まさにその時だった。
階下から、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。続いて、両親の話し声が聞こえる。
(やべっ!)
リアンは慌てて魔力の集中を解いた。途端に、枯れ葉は重力に従って、ぱさりと床に落ちる。まるで何事もなかったかのように。
リアンはすぐさま「無知で無垢な赤ん坊」の仮面を被り、天井をぼーっと見つめる演技に入った。
やがて、寝室のドアが開き、母親のマーサが顔を覗かせた。
「はーい、リアンちゃん。良い子にしてたかしら? おしめを替えましょうねー」
いつもの優しい声に、リアンは内心で安堵のため息をつく。どうやら気づかれてはいないようだ。
続いて、父親のアークスも部屋に入ってきた。その手には、兵士の形をした木製の人形が握られている。
「ほーら、リアン。街で見つけたんだ。ドワーフが作った『くるみ割り人形』だぞー。かっこいいだろう!」
アークスは満面の笑みで、その人形をリアンの目の前で振って見せる。
リアンは、両親の変わらぬ愛情に少しだけ罪悪感を覚えながらも、心の中で固く誓うのだった。
(いつか、この力で父さんと母さんを守れるくらい、強くなってやるからな)
二人はまだ知らない。
彼らの愛する息子が、人形ではなく、本物の木の葉を空に躍らせていたことを。
そして、その小さな才能が、やがてシンフォニア家の、いや、この世界の運命すらも動かしていくことになるということを。
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