これぞまさしく『ああ水銀大軟膏』!

 悪党。主に鎌倉時代末期、「御恩と奉公」の封建制度が機能不全に陥った時代に登場した武装勢力で、荘園の主たる幕府の影響を(主に武力で)排して自ら土地の所有者や徴税権者となった人々を指す言葉です。決して、揚げたての唐揚げに無断でレモン汁をかけ回す輩のことではありません。

 今回の四谷氏の新作は、三題噺「土地」「蚊」「怪物」に加えて「夏」をテーマにした歴史モノ。「蚊」と「夏」は自然につながりますが、さてどんな歴史上の人物や事件を扱うのか楽しみにしておりましたところ、発表された作品タイトルは『悪党の夏』。

 ははーん、悪党と言えばあの日本史上有名なあの人か。いや待て、そう見せかけてあいつの方かもしれない。さてさて主人公「兵衛(ひょうえ)」の正体やいかにと楽しみに本編を拝読したところ……うっかり作品タグを見てしまい、秒で正体がバレました。
 ただし「兵衛」が「あの人」だと分かっても、本作への興味が減じることはありませんでした。むしろ、何故この「兵衛」が――悪党を退治する側の人間が――悪党と呼ばれ、ついには後世に名を残す存在になったのか、気になって読む手が止まりません。

 また、「兵衛」の境遇を「初夏」「仲夏」「盛夏」「晩夏」の四章立ての構成にまとめたのも見事。百日紅(さるすべり)の花が咲き、そして散るまでの約三か月間における「兵衛」の行動を通じて、ひとつの封建制が崩れゆく様と、そこで生き延びようとする新興勢力の姿を、静かな筆致で描き出しています。
 歴史好きは、是非ご一読ください!

※なお、本レビューのキャッチコピーのネタ元は、野坂昭如の短編『ああ水銀大軟膏』です。「兵衛」が辰砂(硫化水銀)を扱っていたので、ついやってしまいました。
……ちなみに野坂氏の短編タイトルは、「嗚呼忠臣大〇〇(※「兵衛」の敬称ですがネタバレ防止のため伏字)」のパロディです。

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