【短編集】今日はソイラテで~彼女たちの少し特別な日~

夏芽みかん

第1話 今日はソイラテで~小さなすれ違いと、歩み寄り~

「ソイラテって意味わかんなくない? 意識高い系っていうの?」


 仕事帰りに待ち合わせして寄ったカフェのメニューを見ながら、彼氏の拓海が呟いた。

 ドリンクメニューの上に、注意書きで「※ソイミルクに変更可能」と書いてあるのを指さして。

 それから「カフェラテ、1つ」と注文した。私はそれに「2つでお願いします」と付け足した。


 ――実は、私はソイラテの方がカフェラテよりも好きで、いつもこのお店ではソイラテを注文している。ミルクよりもあっさりとして優しい甘さのソイラテが、疲れた胃にぴったりだったりする。


 ――けど、ああいうコメントのあとに、ソイラテをあえて頼む気持ちにはならなかった。


 それから、夕食に私はサンドウィッチプレートを、拓海はパスタプレートを注文する。


 席についてからも、拓海はソイラテについての文句を続けた。


「豆乳ってまずくない? なんでミルクの代わりにしようと思うわけ?」


 カフェラテを飲みながら、そう言う。

 いや、ブラック飲んでるなら、まだなんとなくわかるんだけど、カフェラテ飲んでてソイラテの文句言う? 

 拓海がソイラテをディスるのは、今日に始まったことじゃない。

 カフェでソイラテを見るたびに、何かしらかの文句をつぶやいている。

 だから、拓海といる時、私はいつもソイラテを頼まない。

 ソイミルクは仇かなんかなの? どうでもよくない?


 拓海はブラックは飲まない。いつもカフェラテだ。

 がっしりした体格の拓海がカフェラテを注文していたのを、最初はかわいいななんて思ったりしたけどなあ。

 ――なんて、付き合いだしたころを思い出していたら、料理が来た。


 ここのカフェは、雰囲気がよくて私のお気に入りだ。

 仕事終わりに、たまに1人で寄って、本を読みながら夜を過ごすと、とっても充実した気持ちになる。

 拓海が最近疲れてるっていうから、一緒に来たらリラックスできて、いいかなって思ったから、連れて来たんだけど。

 

 私の頼んだランチプレートは、夏らしい涼し気なガラスのプレートに乗っていた。

 撮影しようと、バッグからスマホを取り出そうとしたとき……拓海が呟いた。


「うわ。写真より量少なくない? この値段でこの量かあ。コスパ悪……」


 私の中の、何かのメーターがぐぐぐっと上昇した。

 息を吐いて、微笑む。


「拓海には少ないかもね……私にはちょうどいいんだけど」


 拓海はお腹が減っているんだ。

 私がおすすめするお店のセレクトを間違えただけ。

 仕方ない。ソイラテをなぜか嫌っていたって、コスパが気になるのだって、大したことない、どうでもいいことだ……と思い込もうとした、次の会話で、私の“メーター”が振り切れた。


「この前、昼に同期とふらっと入った定食屋が、当たりでさ」


 拓海はスマホのアルバムを見ながらつぶやいた。

 私は画面を覗き込んだ。拓海が料理の写真を撮っているのは珍しい。

 スマホの画面越しに、赤ちょうちんがゆらいでいる。 

 古びた路地裏の定食屋の写真。小学校の図工の教室にあったような、傷だらけの板の机の上に乗ったどんぶりには、山盛りの唐揚げと、キャベツが崩れるか崩れないかの絶妙なバランスで載っている。


「すごいバランスでのってるね!」と言おうと思った時、拓海がため息交じりに呟いた。


「加奈はきっと、こういうとこは無理だよな」


 自分でもびっくりするぐらい、とがった声が出た。


「……行ったことないのに、どうして決めつけるの?」


 拓海も顔をしかめた。


「何怒ってんの? 前テレビで似たような店やってたとき『こういう汚い店無理』とか言ってたじゃん」


「そんなこと、言った記憶ないけど」


「いや言ってたよ。何回か言ってた。だから、気を遣って、そういうとこは誘わないようにしてたし」


 私は頭を抱えた。


「……そんなこと、言ったっけ」


「言ったんだよ。だから、気を遣ってた」


「……私だって、カフェラテより、ソイラテ派なんだよ! 本当は!」


 思わず大きい声を出した私に、拓海は目を丸くした。


「カフェラテだと、なんとなく胃が重くなるの!」


「いや、何、急に」


 夜のカフェ。響いた声に、周りのお客さんが何事かとこちらを見る。

 その視線に気がついて、私は回りを見回して、すとんとソファ席に座った。


「――拓海が、いつも意識高いとか変なこと言うから、いつも頼まなかった」


「俺そんなこといつも言ってる? 別に好きなら頼めばよくない?」


 困惑した様子の拓海を見て、頭を抱える。

 いつも言ってた記憶がないのね。

 私にとってのソイラテが、拓海にとっての裏路地の定食屋なのかもしれない。



「――私も気を遣ってたってこと」


 でも、喧嘩をしたいわけじゃない。


「私も、変なこと言ってごめん。拓海のおすすめの店なら、普通に、連れてってほしい」


 そう言うと、拓海は考え込むように机の上のカフェラテを見つめた。

 それから、立ち上がって言った。


「――ソイラテを頼んでくる」


「――え?」


 拓海はそのまま手元のタブレットメニューでソイラテを選択し、注文ボタンを押した。

 気まずい沈黙の中、店員さんがソイラテを持ってきた。

 拓海はそれを手に取ると、一口飲んだ。


「……意外と、おいしい」


 うん、と頷いて私を見た。


「食わず嫌いだったかも」


 私はなんだか胸が熱くなって拓海の手をとった。

 この人の、こういうところが、私は大好きだ。


「――お腹減ってるでしょ? このあと、別のお店行く? さっきのお店、近くない?」


「いいの? 加奈は食べないだろ?」


「唐揚げ一個分けて」


 拓海は追加で来たソイラテを飲んで、にっと笑った。


「1個食べたら、2個食べたくなると思うよ」



 その後、私たちは拓海が最近発見したという、その裏路地の定食屋に行った。

 サクサクの衣に包まれた唐揚げは、脂っこくなく、塩味がさっぱりときいていて、私は結局、4個食べた。


 ◇


 それから1年。

 私と拓海は、また同じカフェで夕食後の飲み物をゆっくり飲んでいた。

 あれから、仕事帰りに夜に会う時は、あの定食屋で夕食を食べて、このカフェで食後にゆっくりラテを飲みながら、話すのが日課になっていた。


「今日は俺もソイラテにしとく」


 拓海がタブレットで注文を入力した。

 あれから、拓海はたまにソイラテを頼む。

 拓海はお腹を見ながらぼやいた。


「なんか最近腹に肉ついちゃってさあ。ソイラテのがヘルシーな感じするじゃん」


「意識高いね」


 そう言うと、拓海は「あはは」と頭を掻いた。

 

「一緒に式までにダイエット頑張ろう!」


 私は彼の背中をたたくと笑った。

 私たちは来月、結婚する予定だ。

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