第12話 対処と幼馴染 2

「大磯君、改めて状況を整理しよう」


そして天ヶ瀬は俺がした話を時系列にまとめていく。

まずは最初のループ。

放課後、薫に呼ばれて向かった教室で、女の子たちの遺体が転がっていて、俺もナイフで刺殺された。

二度目のループも同じ状況だ。

三度目のループは仮病を言い訳に俺は学校を休んだ。

それで母さんに言われて加賀美さんが様子を見に来てくれたが、会っている所を薫に見られた可能性がある。

俺はまた殺された、死因は焼死。あれが一番キツかった。

四度目のループでは勘違いをした。

このタイムリープが始まった日だけが延々と繰り返されていると思ったんだ。

でも実際は違った、薫に殺されると始まりの日の朝に時間が巻き戻る。

つまり繰り返されているのは俺が殺害されるという状況で、その原因から根本的に解決しない限り、恐らくこのループから抜け出す方法はない。


途中で何度か詳細を訪ねられ、補足を加えつつ、一通り整理がついたところで天ヶ瀬は黙り込んだ。

何か考えている雰囲気だ。

こいつも俺と同じようにタイムリープしてるんだよな。

お互いにループから抜け出したいって目的は一致しているが、それにしても随分と親身になってくれる。

天ヶ瀬のことをよく知らなかったけれど、案外いい奴なのかもしれない。


「大磯君」

「何だ?」

「僕からアドバイスがある、まず、藤峰君に約束について直接尋ねるのはよした方がいい」

「だな」

「理由を理解しているか、件の事柄は君の殺害に至るトリガーに直結している、それに、訊いても多分藤峰君は答えてくれないよ」

「なんで?」

「これは僕の推論だが、藤峰君は君に自力で思い出して欲しいと思っている、故に、尋ねること自体が火に油を注ぐこととなる」


それはどういう理屈だ?

薫は俺が約束を忘れていることに既に気付いている。

それなのに自力で思い出せなんて、前提が破綻していないか?


「無理だろ」

「それでも思い出して欲しいのさ」

「どうして」

「僕が知るものか、君と藤峰君の問題じゃないか」


確かにそうだが釈然としない。

ただ俺の想像以上にループを抜ける条件が厳しいことだけは理解した。


「君が約束を忘れているから、藤峰君は君を殺す」


天ヶ瀬の言葉に胸がずきりと痛む。


「しかしそれは恐らく物事の本質ではない」

「えっ」

「恐らく君はまた履き違えているんだろう、忘れているから、ではなく、思い出さないから殺されるんだ」

「同じじゃないか」

「全然違うさ」


意味が分からない。

どのみち覚えていないから許さないってことじゃないのか。


「藤峰君にとっては大切な約束を、君は忘れて、しかも思い出さない」

「ああ」

「つまり君は、藤峰君を軽んじている」

「は?」

「故に藤峰君は君を殺す」

「そっ、そんなわけあるか、俺はいつでも薫を大切に想ってる!」

「だがさほど重要でないことは、すぐに忘れてしまうだろう?」

「何が言いたいんだよ」

「では訊くが、君は先週末の朝に何を食べたか覚えているか?」


先週末の朝?

―――思い出せない。

そんな馬鹿な、だって俺は薫を、あいつは俺の大切な幼馴染で、だから。


「自分の無神経さにようやく思い至ったようだね」


頭を抱え込む。

天ヶ瀬の言うとおりだ、俺にそんなつもりがなくても、薫はそう受け取った。

だから俺を殺す。

俺は、知らないうちに薫をずっと傷つけていたのか。


「しかし僕は、君だけを責めもしないよ」


のろのろと顔を上げた俺を、天ヶ瀬はまっすぐ見つめる。


「藤峰君も君に歩み寄るべきだった」

「けど、元はといえば俺が」

「だからと言って君の殺害が正当化される理由にはならないだろう」


そう、だな。

だがこれは俺が招いたことだ。

だったら受け入れるしかないんじゃないか?


「君は、藤峰君に君をまた殺させたいのか?」


体がビクリと震える。

違う。

そんなことさせたくない、悲しそうに、辛そうに涙を溢す薫の姿をもう見たくない。

俺だって当然死にたくない。

だけど俺が原因なんだ、どうすればいい?


「では、誠意を見せることだ」


天ヶ瀬は言う。


「藤峰さんの決意は固い、恐らくはいつでも君を殺す用意がある」


不意に寒気を覚える。

今朝も俺を迎えにきて、一緒に登校して、その間も薫はずっと俺に殺意を抱き続けていたのか。

いつもどおり楽しそうに笑っていたのに。


「それならば、君はどうする?」


それは。

―――どうすればいい?

死にたくない。

薫に殺させたくない。

誠意を伝えるため、俺は何をすればいいんだ。


「当面は藤峰君の精神安定を念頭に置いて行動すべきだ」


精神安定?


「藤峰君は君の殺害を実行する折、いつも激しく心を乱しているようだね?」

「それは、まあ」


素面で人を殺せるなんて真正のサイコパスくらいなものだ。

薫がそんなわけない。

現に俺を殺す時はいつも泣きじゃくって『嘘吐き』と責めたてる。


「恐らくは現状、ギリギリの精神状態を保っているのだろう、だから君はその均等を不用意に崩すことなく、溜め込んだストレスが若干なりとも解消されるよう藤峰君に働きかけるんだ」

「そうすれば薫は俺を殺さないのか?」

「さて、所詮は一時凌ぎだろうね、けれどやらないよりはマシだと思うよ、現状では最善の策だ」


そうだな、俺もそう思う。

感情の天秤さえ傾かなければ、今朝だって薫はいつもの可愛い薫だったんだ。


「じゃあ、俺はどうすればいい?」

「やれやれ、少しは君も考えたまえ、他ならぬ大切な幼馴染のことだろう?」


確かにそうだ。


「だったら、俺は当分薫ファーストを心掛ける」

「ほう?」

「常にあいつを最優先して、寂しい思いなんかさせない」

「なるほど」

「要は心のバランスが取れていればいいんだよな? だったら俺はもう薫を傷つけない、誠意を見せる」

「ふむ」

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