ファンタジー好きの俺、設定ガバガバな異世界に召喚されてぶちギレる

中島健一

第1話 異世界召喚

 芹澤将太、23歳。


 仕事帰りの横断歩道。疲れた身体を引き摺りながら青信号を渡っていた。つまらない上司の親父ギャグ、自ら道化を演じる同僚、いつものくだらない飲み会の帰りだった。将太は青信号のその深い緑色にも似た色に吸い寄せられるようにして横断歩道を歩いていた。しかし次の瞬間、トラックが信号を無視して突っ込んできた。


 将太は咄嗟のことで目を瞑る。予期した衝撃と痛みが一向に来ないために、将太はゆっくりと閉じた目を開けると、見たこともない真白い空間に立っていた。


「ん……これって……」


 将太の心臓が跳ね上がり、期待に胸が膨らむ。そう、将太は自分の好きなファンタジー世界にこれから召喚されることを察したのだ。すると目の前に光が集まり、金髪碧眼の女が現れた。


「ようこそ勇者よ!我が名は女神マアナ。この世界を救うため、汝を召喚した!」


 女神が自分の名前を言うと、将太は思った。


「ん?マアナってなんか聞いたことあんな……」


 マアナ=ユウド=スウシャイ。これはロード・ダンセイニの書いた『ぺガーナの神々』に出てくる創造神の名前だ。この女神は後々H・P・ラヴクラフトのクトゥルフ神話の最高神アザトースの設定にも盛り込まれている。


 ──そう、俺はそこそこなファンジーオタクなのである。


「マアナ!ダンセイニの神話じゃねぇか!!え!?俺マジで異世界転移する感じ?」


 自分の小さい頃の夢が叶うと思ったが、冷静に観察を始める。マアナの衣装は確かに美しいが、どこか安っぽいポリエステル感。彼女の背後で輝く光も、よく見るとLEDっぽいチープな輝きだ。


 ──いや、そんなことはない。仕事帰りで疲れているからそう見えているだけだ。


 将太は目をこすり、質問した。


「えっと、マアナ様?その世界ってどんな感じなんですか?エルフとかドワーフとかいるんですか?魔王とか暗黒神とか不吉な赤い船でやって来る怪しげな魔術を用いた種族との戦いの歴史みたいなのがあるんですか?」


 将太は目を輝かせながら、後半部分は大分早口で質問する。マアナはニコリと笑い、こう答えた。


「うーん、あるよ、あるある!」


 将太は心の中でつっこんだ。


 ──なさそうだな!


 マアナは続ける。


「魔王もいてね?悪いことしてるから倒してね。あとエルフとかドワーフもどっかにいるんじゃないかな?」


「……は?」


 将太の期待が一瞬でしぼむ。


「どっかにいるんじゃないかなって何だよ!?トールキンなら種族の起源から文化や歴史までびっしり書いてるぞ!!」


 ツッコミが炸裂した。


 マアナは首をかしげ、将太の機嫌を直してもらおうと考え込む。


「うーんと、あ!そうだ!ステータス画面出せるよ!見て見て!」


 と手を振った。


「エルフとドワーフの起源は知らないけどぉ、貴方の機嫌を直してよぉ?きげんだけに……」


 マアナは自分のギャグにお腹を押さえながら笑い始める。将太は半ば呆れていたが、彼の前に半透明のパネルが浮かび、ついそれを見てしまっていた。画面にはこう表示されている。


【名前:芹澤将太 Lv.99 職業:勇者 HP:9999 MP:9999 スキル:創造】


「は!?HPって何だよ!スキルって、それじゃまるで──」


 将太は悟った。


 ──ファンタジー好きの俺が絶対に許せないことがある……


 それはこれから将太が召喚されそうな、この設定ガバガバな異世界のことであった。


 女神マアナはそんな将太の絶望感に気付きもせず、まだ自分で言ったギャグに笑い転げていた。


「イ~ヒッヒッヒッヒッ!!」


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第1話を読んで頂き、ありがとうございます。この物語は、SNS上で繰り広げられる所謂テンプレなろう系が嫌いな人VSなろう系が好きな人の対立を見て、僕なりに物語に落とし込んだものです。ハッキリ言って両者ともに喧嘩を売るような作品になっているかと思われますが、最後まで読んで頂けると幸いです。38話で完結します。

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