第8話 2つのパラダイムシフト
「そして、将来的には気象予報士の仕事もAIに奪われるんじゃないか……って、
その辺も不安なんですよね……」
「おいおい、田上君ともあろう人まで、そんなこと言うのかい?」
田上は戸惑いつつも言葉をつなげる。
「でも、SNSやネットなどで盛んに言われていますし……
実際、AIの天気予報への活用も盛んに行われていますよね……」
高峰は笑って答える。
「まあね。ただ、それは業界の事を知らない……それも外野の連中の
そもそも、この国の天気予報の歴史なんて知らねぇから、そんな『いい加減な』ことを言うんだよ。
どうせ、『あ~っ、人間の仕事が~ぁ、また機械に奪われる~ぅ』ってレベルの話だろ? それなら、じゃあ、現代版の『ラッダイト運動』でもやろう!ってのかね? そんな無責任な論評は、まあ笑って、放っておきましょう!」
高峰のあまりの毒舌ぶりに、田上はポカンとして言葉が出ない。
そして、高峰は田上を見据えて言った。
「で、田上君にとって『気象予報士の役割』とは何だと思いますか?
もし、それが『未来の天気を予想すること』であるなら、人間から機械へのパラダイムシフトは既に実現しています。
ただし、それは『AI』じゃなく、『スーパーコンピュータ』による数値予報の話です。だから、とっくの昔に実現してるんですよ!」
田上は思わず声を上げた。
「えっ!……とっくの昔に実現してる!?」
高峰は
「そうですよ。いうなれば、この数値予報が実用化されたからこそ、気象庁はそれまで『国家の責務』として担ってきた予報業務を民間に開放することができた。
その結果、気象予報士制度が誕生したんだよね。
だから、もうね、順番が逆なんですよ!」
田上は息を呑んだ。
(それまでの『人間』の仕事を『スパコン』が担うようになって……
その結果、気象予報士制度が誕生した。そんな視点で考えたこと無かった……)
高峰の勢いは止まらない。
「そしてね、今『AI』が代替しようとしてるのはね、その『スパコン』の役割なんですよ。つまり、機械から機械へのパラダイムシフトということです。ここを間違えちゃいけない!
それにね、人間は何度も試行錯誤を繰り返しながら成長していくものですよね。実はAIも、その原理は同じなんですよ」
田上は「ハッ!」と胸の奥で何かが弾けたような感覚だった。
高峰はさらに続ける。
「そもそも、数値予報ってのは『物理学の法則』で
例えば、AIの予測を通じて、今まで見過ごされていた『地域特有の天気のパターン』が見えてきたとしましょう。すると、次に必要になるのは、『なぜそうなるのか?』を解き明かすことですね。つまり、物理学の法則に基づいて解き明かしていく……ってな感じです。
でね、このようなテクノロジーの発展が、必ずしも人間からレーゾンデートルを奪うとは限りません。むしろ、人間だけじゃ手に負えない部分を機械が助けてくれるのです。それで人間の可能性が広がるとしたら、田上君は何をしますか?」
田上は「えっ!?……」と言葉に詰まった。
高峰は核心に迫る。
「さっきの話に戻ると、田上君は地域気象の解説者として『ディレンマ』を抱えているんですよね?
それは、理想と現実の乖離によるものでしょう。
で、君が本来やってみたいのは、地域の気象特性を深く理解した上で、それに基づいて『地域の、地域による、地域のための天気予報』ってな感じなんじゃないかな?
だとしたら、AIは必ずしも『脅威』とは限らない。むしろ頼れる『相棒』にさえなってくれるんじゃないかな?
後は、このとんでもないテクノロジーとどのように向き合っていくのか。その辺は、あとは君の勉強次第だね!」
それでも田上は不安をぬぐい切れない。
「ただ、今やAIでも詳細なピンポイントでの気象情報を出力できるのですが、それでも気象予報士の活躍の余地はまだあると……」
高峰は静かに答えた。
「いくら詳細で充実した、それこそ高度化された情報が得られたとしても、それじゃ一体『誰が、どうやって』その情報を使いこなすんだい?……そこが、人間の課題なんですよ。
そんな解像度の高い情報を使いこなすってさ、それこそ相当の専門知識が必要だと思うよ。どんなに優れたAIだって、やっぱり完璧じゃない。そこを補完するのは、最後は人間の役割さ。だから、現象の本質を理解する努力は必須だよね。
そして、単なる『天気予報』に留まらないよ。情報処理や統計学はもちろんのこととして、『マーケティング』や『リスクマネジメント』への応用も考えれば、経済学や金融工学まで必要になるかもしれない!
要は情報を『つくる』側じゃない、これを『いかす』側にシフトするんですよ。だから、役割が『なくなる』のではなくて『ひろがる』のです!」
高峰の言葉を聞いて、田上は目の前の濃霧が晴れていくような感じがした。
── この人、ただの『おっさん』じゃねぇ! まるで『師匠』そのものだ! ──
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