第7話 3種類のラーメン

 それから1時間ほどで、高峰たかみね哲四郎てつしろうが現れた。

 見るからに「冴えない中年のおっさん」と言う風貌だったが、

 どこか親しみやすさも感じていた。



(なるほど、山さんが『おやっさん』って呼ぶのも、わかるような気がする……)



 高峰は、田上を見るなり、気さくに声をかけた。

「おー、君が田上たがみ君か……。

 話は聞いているよ。遠い所からよく来てくれたねぇ。」



「よっこいしょ……っと」

 そして二人は向かい合って座った。



 早速、田上は苦しい胸の内を高峰に話した。

 その一言一言を、高峰は噛みしめるように聞いていた。



 そして、田上の話が終わると、高峰はニヤリを笑みを浮かべ、

 突然、を言い出した。



「ところで、田上君は、米沢ラーメンは好きかい?」



「はいっ! 米沢ラーメンと山形風芋煮、そして『義経焼よしつねやき』は鉄板ですよね!」



「よしっ! 良い答えだねぇ……。

 それなら、田上君は、ラーメン屋に入ったら、まず何を注文する?」



 田上は戸惑いながら答える。

「そうですね……、普通の『中華そば』の大盛ですかね……」



 高峰は笑って

「そうか……。 私はね、いつも『チャーシュー麺』にするんだ。

 若い頃は大盛で頼んだけど、歳を取ってきたら普通盛になってきたよ……」



 田上には、高峰の意図が全く判らない。

 とりあえず、「そうなんですか……」と苦笑いするしかなかった。



 すると高峰は、ニヤリと田上を見据えて問いかけた。

「さて、本格的な米沢ラーメンとインスタントラーメン、

 そしてカップラーメン……これらの違いは分かるかな?」



 田上は呆気に取られて

「は?……」と、それ以上は声が出なかった。



(一体、何を言い出すんだ!?…… さっぱり、訳が分からないぞ……)



 高峰は飄々ひょうひょうと続ける。


「ほんとに『うまいもん』が食いたい、っていうならさ、

 時間も金も惜しまない覚悟で行くわけだよね。

 そりゃあ、本格『米沢ラーメン』一択だよね!


 でもさ、とりあえず『腹が減ったから、食えれば良い』のであれば、

 別に『インスタントラーメン』でも良いよね。


 さらにね、もう何でもいいから『手っ取り早く』という条件が加わるとさ、

 選択肢は自ずと『カップラーメン』に絞られる。


 まあ、私の大好きなラーメンで例えちゃったけどさ、


 君の抱えている疑問ってのは、



 要は放送局や視聴者が……

のラーメンを求めてるのか?』って話なんだよね。



 で、田上君が目指してるのは……

 まあ、言うまでもなく、本格的な『米沢ラーメン』なんだよね。

 もう、『職人気質しょくにんかたぎ』って感じさ!


 でも、そちらのテレビの連中が考えているのは、

 せいぜい『インスタントラーメン』


 そしてラジオが考えているのは……

 それこそ『カップラーメン』のイメージなんじゃないかな?


 そこで、お互いの『ニーズ』と『シーズ』のすれ違いが生じる。

 これが田上君の抱える『ディレンマ』の正体さ!」




 ラーメンに例えて本質を突く視点に、田上は呆然とした。





(そうか、俺は『本場のラーメン職人』になろうとして、

 ずっと『独り相撲』をしていたんだ。

 一人で何もかも背負い込んで、勝手に空回りしてた……)





 さらに、高峰は続ける。


「実はね、田上君のことは、山ちゃん……山下やました君から色々と聞いてるんだ!

 だからね、君には物凄いポテンシャルがある……ってことは知ってる。


 その一方で、そちらの放送局の方は……こう言っちゃ悪いけどね、

 君の持ち味を存分に引き出して、番組制作に活かすほどの情熱は……

 まあ、ね!


 いくらばかり『ご立派』にしてもだね、

 結局のところ、『仏作って魂入れず』になってるんだよね。

 ……あっ、これ、ここだけの話だよ! 契約に響いたら、まずいからね。


 ま、山ちゃんの本音としては…… ホントはやりたいんだろうけどね。

 でも、上層部がそう思ってないんじゃ仕方がない。


 まあ、山ちゃんが偉くなるまでの辛抱だな。

 でも彼はきっとやるよ、時間は掛かってもね!」



 そう言って、高峰は笑った。



(……いつの日か、俺は『うまい一杯』を、ちゃんと届けたい……)


 田上の中で、何かが吹っ切れた気がした。

 しかし、もう一つの不安が残っていた。


 ──それは、自分だけの問題では済まないことのように思えた。

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