第3話 気象論文との出会い

 ある冬の日、置賜おきたま予報センターのオフィス。気象予報士・田上たがみ健次郎けんじろうはモニターを睨み、前日の放送を振り返っていた。前日の「イブニングニュースOKITAMA」では、彼は自信を持って伝えていた。



「日本付近では等圧線が縦縞模様の『冬型の気圧配置』となり、上空では真冬の寒気も南下する見込みです。このため、明日は朝から雪で吹雪く所もあるでしょう……」



 これはまさに「教科書通り」の予報だった。



 だが、翌朝、米沢よねざわ盆地は快晴。雪の気配はなかった。

 控室でスマホを手に、恐る恐るSNSをチェックした。



「朝から雪って言ってたのに、晴れてるじゃん!」

「冷え込みは厳しかったけど、晴れてるねwww」

「なーんだ、防寒着も大して要らなそうだ」



 視聴者の声に、田上は眉をひそめた。

 ところが昼過ぎ、空が一変!……猛烈な吹雪が街を覆い、SNSは荒れに荒れた。



「さっきまで晴れてたのに!メッチャ吹雪いてる!」

「快晴のち吹雪って、そんなのアリかよ!……(爆)」

「こんな天気、朝の時点じゃ想像できなかったよ(ToT)」




 ─前日の予想天気図では、寒気も冬型も教科書通りだった。なのに、なぜ?─




 何度も似た状況に直面し、田上は気づいた。


「この地域の気象特性を、もっと深く知らなきゃ……」ネットで文献を検索すると、「置賜の冬の気象理論」なる気象論文を見つけた。


 著者は高峰たかみね哲四郎てつしろう。冬の北西季節風の強弱に応じて現れる「I字型」と「C字型」の気象パターンを、高度な数学を基にした熱流体力学とニューラルネットワークの数理を用いて解明していた。



 田上は夢中でその論文を読み込んだ。


「そうか…… 季節風の強弱でパターンが変わるのか!


 その基本的なメカニズムは熱流体力学で説明できるんだ……。さらに気温パターンについても、ニューラルネットワークで解明されている……。


 冬型なのに快晴の空となったのは、この理論で言う所の『I字型』が現れていたのか……。この時点では、確かに冬の季節風が弱かったんだ。そこから次第に季節風が強まるにつれて『C字型』に遷移して…… そして、吹雪に変貌した……。


 そうか! そういうことだったのかっ! やっと、わかったぞ!!」



 田上は興奮で震えた。

(これが地域気象の神髄しんずいなんだ!)



 論文に記載されている詳細なシミュレーションの結果に、置賜の冬の複雑なメカニズムのイメージが頭の中に浮かんだ。



(ところで、高峰さんって、一体どんな人なんだろう?会って話してみたい……)


 その願いは、田上の胸に強く刻まれた。



 そして、控室の机に広げた論文をめくりながら、

「この理論を視聴者に伝えられたら……」と、一人呟いた。

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