第3話:『証拠は猫の足跡、深まる(バカげた)謎』

翌日、女子寮の別の部屋で、またもや下着が消える事件が発生しました。今度の被害者は、学園の人気者で、お嬢様気質の女子生徒、鈴木花子です。彼女の部屋のベランダに干されていた、上品な光沢を放つ可愛らしいレースのショーツが忽然と姿を消したのです。寮生たちは大騒ぎになりました。廊下には不安と興奮が入り混じった声が飛び交います。その声は、朝の静けさを切り裂き、学園中に広がる奇妙な事件の存在を、改めて知らしめるようでした。


「またミミよ!さっきまでベランダの柵の上にいたの見たもん!」と興奮気味に証言する生徒がいました。彼女の指差す先には、ミミがよく現れる旧校舎の屋根が薄ぼんやりと見えています。

「ショーツが消えた直後に、屋根の上をミミが素早く走っていったわ!」と、まるで決定的な証拠を見たとでもいうかのように、別の生徒が付け加えます。その証言には、ミミの超常的な能力を信じ込もうとする、ある種の興奮が滲んでいました。


次々と上がる目撃情報に、被害者の鈴木花子は顔を真っ赤にしてうろたえました。「まさか、私のこんなものまで…!信じられないわ!」彼女のプライドと羞恥心が入り混じった表情は、見るに堪えないものでした。その繊細な感情は、まるで彼女のショーツの色のように、淡く、しかし確かにそこにあるのでした。


探偵同好会は、早速現場に駆けつけました。ユウキは冷静に、ベランダの手すりや床を丹念に調べます。そこには、確かに小さな猫の足跡がいくつも残されていました。しかも、足跡はまるで、誰かが意図的に残したかのように、くっきりと整然と並んでいます。アカリは足跡を指差して興奮気味に言いました。「ほら、足跡があるじゃない!絶対ミミよ!」彼女は拳を握りしめ、まるで犯人を追い詰めたかのような勢いです。その表情は、探偵としての使命感に燃えているようにも、単に怒りをぶつけているようにも見えました。


ですが、ユウキは首を傾げました。「しかし、この足跡は妙だ。猫の足跡にしては、あまりに規則的すぎる。まるで…誰かが足跡をつけた後に、きれいに整えたようだ。」彼の目は、足跡の先に広がる、どこか不自然な空間の広がりを捉えていました。一般的な猫の足跡とは異なる、ある種の作為的な「秩序」を感じ取っていたのです。「本当に猫の足跡なのか、それとも…?」ユウキの脳裏に、新たな疑問が浮かび上がります。その疑問は、まるで小さな棘のように、彼の推理の根本に突き刺さるのでした。


その日の夜。学園は静寂に包まれていました。月明かりが旧校舎の屋根を銀色に染め、風の音だけが聞こえます。その屋根を伝い、ある男がひっそりと女子寮のベランダに忍び寄ります。彼の名はフィンガー。昼間に抜き取ったばかりの鈴木花子のレースのショーツを、彼はまるで宝物のように大切に抱えていました。ショーツの柔らかい手触りが、彼の指先をくすぐります。薄暗いベランダで、彼は昼間の足跡を注意深く確認します。完璧に残されたミミの足跡に、フィンガーは満足げに微笑みました。「ミミよ、お前は本当に最高の共犯者だ。この完璧なアリバイ…誰も私を疑うことなどありえない。」彼の瞳には、自らが作り上げた舞台に酔いしれる、狂気にも似た光が宿っていました。


フィンガーは、手に入れたショーツを、月の光に透かして愛でました。「彼女の困惑と、ほんの少しの羞恥。それこそが、私のコレクションに新たな輝きを加える宝石だ。ああ、この純粋な感情の波紋…これこそが芸術だ。」彼は、今日の犯行もまた、完璧な「芸術」として成立したことに深く満足していました。彼の顔には、倒錯的な喜悦が浮かんでいます。その喜びは、一般的な犯罪者のそれとは異なり、まるで高尚な芸術作品を完成させた彫刻家のような、どこか冷たく、しかし情熱的なものでした。


フィンガーが立ち去った後、月明かりの下、一匹の三毛猫がひっそりと姿を現しました。それはミミです。彼女は、フィンガーが抜き取ったショーツがしまわれていた場所を、まるで匂いを確かめるかのように嗅ぎ、小さく鼻を鳴らしました。ミミの瞳には、人間には理解できない、深い知性の光が宿っていました。それは、鏡のように、何も映さないほど澄んだ、しかし底知れない光でした。その瞳は、まるでフィンガーの心の奥底まで見透かしているかのように、どこまでも深く澄んでいます。彼女は、フィンガーの行動をまるで全て見透かしているかのように、静かにその場を後にしました。彼女の動きには、猫本来の軽やかさだけでなく、どこか人間的な、あるいはそれ以上の「意図」が感じられました。彼女の背中は、まるで、この一連の出来事を静かに見守り、そして記録しているかのような、神秘的なオーラを放っていました。


こうして、最初の偶然の事件にフィンガーが乗じることで、「怪盗フィンガー」と「超能力猫ミミ」の、どこかバカげた都市伝説が本格的に動き始めます。そして、その裏で、ミミがフィンガーの「過去の罪」(彼が幼い頃に保護し、そして捨てた猫であること)を拾い直すかのような、奇妙な執着を見せ始めていることなど、探偵同好会はもちろん、フィンガー自身も知る由もなかったのです。


その夜、月明かりが旧校舎の時計台を静かに照らしていました。時計台の影から、ミミの行動をじっと監視している、もう一組の光る目が静かに瞬いていました。その視線は、ミミに向けられているようでもあり、その先にいる誰かに向けられているようでもありました。それは、探偵同好会の二人とも、ミステリ研究会の二人とも異なる、事件の背後に隠された、より深い謎を追う黒幕の視線でした。その目には、未来を予測するような、底知れない輝きが宿っていました。黒幕は、ミミの動きを詳細に記録し、フィンガーの行動パターンを分析しているかのようでした。彼は、この都市伝説が、学園の深部に根付く「何か」の覚醒を促しているとでも考えているのでしょうか。彼の存在は、新たな謎の層を、このすでに複雑な事件の上に、さらに重ねていくのでした。

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