現代吸血鬼は神と恋をする

紅月 零

第一章

第1話 再会

 人、魔族、神が入り乱れ暮らす世界。

 そんな光景がありふれた日常となった深夜のコンビニ前の喫煙所にて。俺はタバコの煙を燻らせる。

 仕事終わりの一服を楽しみつつ夜空を見上げ、星を眺める。

「もう千年か……」

 あの惨劇は今も忘れることはない。

 何よりも大切な彼女を喪ったあの日のことは。

 瞼を閉じればフラッシュバックする炎、悲鳴、焦げた肉の臭い。そして――

『ごめんね……さよなら』

 彼女の最期の言葉と力なく地に落ちる腕。

 嫌な光景を振り払うようにふうっと大きく息を吐きだし、タバコの火を消す。

「帰るか……」

 荷物を取りに事務所へ向かおうとしたとき、反対から歩いてきた人物とぶつかりそうになる。

「っとと、すんません」

 謝りつつ進路を開け、立ち去ろうとすると、がしりと腕をつかまれた。

「やっと見つけた」

「え?」

 パーカーのフードを目深に被った人物の表情を窺い知ることはできなかったが、わずかに聞こえた声は懐かしさを覚えた。

「あの、キミは……?」

「その眼、あの頃と同じだね。まだ幻術で隠してるんだ?」

「は……え?」

 俺は周囲に魔族であることを隠している。そしてそれを知るのは身内と、ただ一人の親友一家だけ。

 今まで見破られたことはない。それが対魔族の特務機関の人間であってもだ。

 身の危険を感じた俺は、相手の腕を振り払い距離をとる。

「あんた、何者だ……?」

「あれ?私の声、忘れちゃった?……まぁ千年ぶりだし、しょうがないか」

 彼女がフードを外す。そこから現れたのは、長く綺麗な白髪と、紅い瞳。

「あ……天音あまね……?」

「やっほ、みおくん。久しぶり」

 見紛うことなき、俺の幼なじみの姿がそこにあった。千年前と全く変わらぬ姿で。

「う、うわぁぁぁぁ!」

 俺は悲鳴をあげ、逃げ出した。荷物は事務所に置いたままだが、関係ない。吸血鬼の持てる筋力の全てを総動員して走った。

「ちょ、なんで逃げるの!?」

 背後から彼女の声が聞こえる。いや、聞こえない、聞こえてたまるか。

 あの日助けられなかった彼女が、ここにいるはずなどない。質の悪い夢なら早く覚めてくれ。

 闇夜に紛れるように、俺は親友のもとへと走るのだった。
















「んで、俺の家の窓をぶち破って入ってきたと……何キロあると思ってんだ?」

「しょうがないだろ。他に相談出来るヤツ人界に居ないんだから」

「天下のくれない家当主ともあろう者が情けねぇな」

「今は当主後見人だ。現当主は別だろ」

 ド深夜に喚きながら転がり込んできた俺を見下ろすよる冬樹ふゆき

 幼なじみというか腐れ縁というか、何かあれば互いに相談し合う仲だ。

「来るのは良いけど、窓は割らないで欲しい」

「あ、如月きさらぎさん。お邪魔してます」

「ほんとに邪魔……これから冬樹としっぽりする予定だったのに」

 不満そうに俺にお茶を出してくれたのは如月さん。冬樹の妻で、俺も仲良くさせてもらっている……はず。

「ほんと仲良いな。今年で何年だっけ」

「丁度百年。記念すべきアニバーサリーイヤー」

「逆にそこまでいちゃつけるのがすごくね?」

「冬樹と私は一心同体だから」

「なんでそんだけ言ってて跡継ぎの一人もいないんすかねぇ……」

 ごりっ、と鈍い音が足元から響く。両足をそれぞれに踏みつけられ、俺は声も出せず悶絶する。

 そんな俺を呆れたように見ながら冬樹が訊く。

「んで話戻すけど、なんで逃げて来たんだよお前。よく魔界に帰ってきたときに話してた幼なじみとの感動の再会だろ?」

「あー……その幼なじみが故人でさえなけりゃな……」

「と、言いますと?」

「千年前に死んでるんだよ、天音は。俺の目の前で」

「は……?」

 俺の言葉に口をあんぐりと開ける冬樹。

「お前はその時人界にいなかったしな。知らなくても無理ねぇよ」

「いや、だとしても……そんなこと、言ってなかったじゃねえか」

「言えるわけねえよ。大切な人を、目の前でみすみす死なせたなんてな」

 自嘲するようにそう言って、俺はあの時のことを思い起こす。   










 揺れ動く大地、燃え盛る街。自宅を飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、地獄と呼んで差し支えないような光景だった。

 人々が悲鳴を上げ、涙を流す中を駆け抜け、街一番の名家であった彼女の家へと向かった。だが、既に建物は巨大な炎に包まれ、かろうじて無事だった使用人たちが逃げ出してきた後だった。

『天音は!?』

『澪さま……お嬢様はまだ……!』

 当時から俺は魔族ということを隠していたが、そんなことに構ってなどいられなかった。

 ありったけの耐火魔術を展開し、炎に飛び込んだ。

『天音……!天音っ!』

 今にも崩れそうな廊下を駆け、通いなれた彼女の部屋を目指す。

 だが、扉は熱でひしゃげ、奥からはガラガラと瓦礫の崩れる音がした。

『くっそ……!』

 耐火魔術に使っていた魔力を強化魔術に回し、扉をこじ開ける。

 皮膚が焼ける感覚も、この時は気にしていられなかった。

 数分の格闘の末、何とか扉を破壊し、俺は部屋に飛び込む。

『天音!どこだ!』

 声を張り上げるが、返事はない。

 焦りで視界が狭まる。ぐるりと部屋を見回したとき、彼女がよく使っていた書棚が倒れているのが見えた。その下から覗く着物の袖口も。

『そこか!?』

 少なくなってきた魔力を振り絞り、書棚を持ち上げる。

『邪魔……だぁっ!』

 半分破壊しながら書棚をどけると、天音の姿が見えた。

 意識を失ってはいるが、まだ息はある。今なら助けられる。そう思ったとき、彼女が力なく声を絞り出す。

『澪……くん……?』

『天音?一緒にここを出るぞ!』

 そういって抱き起こそうとすると、天音は力なく首を横に振る。

『もう、足の感覚が無いの。というより、私の足、もう……』

 彼女の足に目を向けると、そこには焦げてこびり付いたおびただしい量の血溜まりと、もうほぼ切断された両の足。

『このままじゃ、澪くんも……死んじゃう』

『だからってこのまま置いていけるわけないだろ!』

 彼女を背負おうと後ろを振り向いたとき、突然背後からの衝撃が俺を襲った。

 突き飛ばされたのだ、と気づいたときにはもう遅かった。魔力と体力の限界が近かった俺は踏ん張ることもできず、そのまま地面に倒れてしまった。

『天音っ――!?』

『澪くん……ずっと、大好きだったよ』

 やめてくれと懇願するように必死に立ち上がろうとするも、もう足に力が入らない。

『嫌だ……天音……』

『ごめんね……さよなら』

もう見えていないだろうその瞳は、まっすぐに俺を捉えていた。

直後、轟音とともに俺は意識を失った。











「その後俺は燃え残った瓦礫の中で意識を取り戻した。んで魔界まで帰った」

「このド深夜になんつー重てぇ話してくれてんだ」

 当時のことをあらかた話終えた俺に、冬樹が苦々しい顔でつっこむ。

「まぁそんな訳で、あいつが生きてるってのはあり得ない話ってことだ。そもそも千年前に生きてたとして、ただの人間が現代まで生きてるわけないしな」

 確かに、と頷く冬樹が、ふと思いついたように言う。

「輪廻転生とかの類は?」

「転生で記憶を保持したままなんて、滅多にないレアケースだぞ?大魔族でさえ成功率はゼロに等しいレベルの芸当が、ただの人間にできると思うか?」

 俺が否定すると、如月さんが手を挙げ言う。

「何か外部からの干渉があった……?例えば、神族とか……」

「あの血も涙もない規律遵守の連中がそんな事するか?絶対にないね」

 少なくともこの千年で俺が会った神族は絶対にしない。種族的に当然ではあるが。

「後は……魔族か?」

 冬樹がまぁあり得ないだろう、というように可能性を提示する。

「一番ないな。そもそも俺の血族に転生術使える奴はいないし、他の血族ならあいつを転生させる理由がない」

「確かにな。ウチの連中にも転生術持ってる奴は居ないし……」

 全くもって訳が分からない。転生するにしても、何故今更なのか。そして、何故俺の前に現れたのか。

「考えてもしょうがないか。とにかく本人に話聞かなきゃな」

 ため息を吐いて、そろそろお暇しようと俺は立ち上がる。

「つかお前どうやって帰るんだ?職場に鍵も置いて来たんだろ」

「今から取りに行きゃ良いだろ。忘れモンしましたーって」

 何の気なしに答える俺に、冬樹はさらに聞く。

「あの子が待ってる可能性は?」

「ない……こともないか……」

 いやもう深夜だし、ないだろうけど。万が一もあるか?

 再び思考がぐるぐると回りだした俺に、冬樹がため息を吐いて助け舟を出す。

「大人しく泊まってけ。今会ってもまた逃げ出しそうだしな」

「助かる。ってか客間とかあったっけ、この家」

「お前は庭だ」

「ペットと同列だって言いてぇのかコラ」

「いや、そこらにいるダンゴムシだな」

「もはや有象無象やん」

「ダンゴムシは脚がいっぱいで気持ち悪いので早く出ていってもらえますか?」

「俺はダンゴムシじゃないですよ如月さん?」

「そうだぞ如月。ダンゴムシに失礼だ」

「上等だテメェ何回殺されたい?」

「死神殺せんならやってみろよオラ」

「喧嘩するなら二人とも海まで投げ捨てますよ」

「「すんませんした」」

 並んで如月さんに土下座する。いつもの事だ。くだらない事で喧嘩して、如月さんに怒られる。そんな普通な日常が、変わろうとしている。

 明日になればきっと、天音に会わなくちゃならない。だから今のうちに、心の準備をしておこう。

「澪さんも、玄関に布団敷いてありますから。ちゃんと寝てくださいね」

「せめてリビングとかじゃないの?風邪ひくよ?」

「安心しろ、澪。バカは風邪ひかない」

「そっかぁ。んじゃおやすみ」

「おう。おやすみ」

「おやすみなさい」

 二人に挨拶して、俺は玄関へと向かった。

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