真似っこしよ?

陽射しがジリジリとなる昼休み。

教室やグラウンドの喧騒から流れるように、私は図書室へと来ていた。


本棚に置かれ、埃を被った本たちをぼーっと見つめる。


水谷さんとLINEを交換してから数週間。

あれから一緒に帰ったり、通話したり。私たちはそれなりに恋人らしいことをしている。

話す内容は下らない内容ばかりだけれど。


楽しい、と感じている自分が居た。


キスしたり、ハグしたりとかは、あの時以来していない。"私がそれを拒否している"から。


ホテルでキスされて、抱きしめられて。

されるがままにされて、息が出来なくなったのを今でも覚えている。


また、あれをされるのが怖い。

だから、水谷さんには絶対にさせない。

彼女もそれを分かっていて、何もして来ない。


だから、私たちの関係は恋人以前に友達みたいな感じ。


元々はお試しのような感じで始まった関係。

それが、今はとても心地いい。


ボンヤリと本の背筋を眺めていると、


「あ、ここにいたんだ」


耳にふうっと吐息が当たる。

横を見ると水谷さんが立っていた。


「え、何でいるの?」


ポリポリと頰をかく水谷さん。

視線は右上へ投げられて、


「うーん、吉田さんに会いたかったから?」


曖昧な返事が返ってきた。

「会いたかった」という言葉に口角がわずかに動く。


「いつも一緒に帰ってるじゃん」


「そうだけど!吉田さん昼休みになったらいっつも居なくなっちゃうじゃん」


水谷さんから真っ直ぐな笑顔を向けられる。

「教室に居場所がないから」とは言えなかった。水谷さんの世界には……そんな悩み、存在しないでしょ?


痛いところを突かれた私は、逃げるように本棚に目を移す。


掠れて光沢の剥がれた本の表紙。太陽光が色移りしている。この本たちは、誰にも読まれずにここで眠っているんだろうか。


「面白そうなのあった?」


ぐいっ、と距離をつめる水谷さん。

数歩分、彼女との距離が近づく。

肩同士がぶつかりそうになって、視線が再び彼女に向かってしまう。


「別に、特には」


素っ気なく言葉を返す。

本の内容なんてどうでも良い。どうせ読むことなんてないから。


「これは?これとかは?」


水谷さんは体を屈めて上から下に本棚を眺めていく。そして、本を手に取っては私に見せてくれる。


「タイトルだけ見せられても分かんないよ」


「あ、じゃあこれとかは?」


何気なく手に取った本。

表紙は血のような赤色が一面に広がっていて。

タイトルは……愛玩の鎖?


「なにこれ?」


他のとは違う、独特な雰囲気を漂わせている本に、興味が湧き出た。


「折角だし読んでみようよ」


水谷さんが本を開き、傾けて私に見せてくる。

それに応じて私も文字を追っていく。


登場人物は、女性が2人。ベットで何かをしているシーンから始まって………。


冒頭の数行を読んだところで私は読むのをやめた。女性2人の濃厚な営みが繰り広げられていたからだ。頭がフリーズした。え、なにこれ?


顔を上げると水谷さんと目が合う。


「これ、なんか…違くない?」


「官能小説だね」


そう言って、水谷さんは再び本に視線を落とす。

彼女の顔色は何ひとつ変わっていなかった。


「……恥ずかしくないの?水谷さんは」


「別に?だって人間の基本的な営みじゃん」


「それは、そうだけどさ」


何で他人の前でそんなに堂々と読めるの?

普通こう言うのって1人でコソコソと見るものじゃ?

いや、パパ活してる水谷さんには、そういう羞恥心がないのかも。


目の前で真剣に官能小説を読む水谷さん。

腰に届きそうなほど長い横髪。それを時折とかす仕草は絵になりそうなほど綺麗で。


思わず目を奪われてしまう。

読んでる本はいかがわしいヤツなのに…!


ジッと彼女の横顔を見つめる。

その視線に気付いたのか、水谷さんは私にそっと囁いた。


「ねえ、これの真似っこしようよ」


「…ぇ?」


水谷さんは、本を棚に置いた。

そして、私の手を引き部屋の隅まで連れて行く。


「ちょ、ちょっと!」


言い終わる前に壁に押しやられた。

急いで逃げようとするけど、彼女の身体で逃げ道に蓋をされる。


「……こういうの、嫌」


水谷さんを睨みつける。精一杯の威嚇だ。だねど、彼女は、私のことを小動物を見るみたいな顔をしていて。


「ここ、図書室だよ?静かにしないと。しーっ……」


彼女の顔が近くにやってきて、唇に柔らかい物が触れた。

やめて、と言う前に口元を塞がれる。

触れるか触れないかの、焦ったいキス。

くっついたと思えば直ぐに離れていく。


「ん……はっ……ぅ」


水谷さんの身体が押し当てられる。

彼女は戸惑う私の手をぎゅっと握ってきて。

彼女の口元に集中せざるを得なくなる。


「あ……そこ………」


ゾクゾクと全身が粟立つ。

ぷるっとした彼女の唇は甘い桃の味がして。

無理やりされているのに……この場の状況に、彼女に、流されてしまう。


慣れない感覚に震えが止まらない。

怖い。何か、知らない感情が湧き上がってくる。


もう少し、あと少しで何かに辿り着きそうだった。なのに……


「……はい、終わり」


微笑を浮かべながら離れていく水谷さん。

さっきまで確かにあったはずの感触が薄れて、消えていく。


「なん、で……?」


さっきまで触れられていた所を手で触ってしまう。彼女の唇が、名残惜しい……


「吉田さん、えっちなのは嫌だって言ってたでしょ?」


そんな私を知ってか知らずか、水谷さんは揶揄いを入れてくる。頬が赤くなるのを感じた。


「……さっきのキスだって……え、えっちなことじゃん」


必死に言い返すけど、私の心は上手くまとまってくれない。


「そうかな?海外とかだと普通にやってるでしょ?」


「日本じゃんここ……」


私がそう言うと、彼女は少し考え込む。

何かを思いついた彼女は「あ、分かった」と声を上げた。


さっきみたいに、ゆっくりと近づかれる。

顔に彼女の甘い吐息が当たって。

キスされる。そう思った瞬間、耳元に刺激が走った。


「えっちなのは、吉田さんだ」


ゾワっと、撫でられたような感覚。

身体の力が抜ける。

彼女は絡めとるような瞳をしていた。


「か、帰る!!」


彼女を押し退け、急いで図書室から出る。

呼吸が浅くて苦しい。

何も考えないように廊下を走り抜ける。


教室に着いた私は椅子を引き、突っ伏して席に座った。


暫くの間心を落ち着かせて、ふと我に返った。


……恥ずかしい。

何やってるんだろ、わたし……。


無理矢理されて嫌なはず、だよね…?

なのに、あのとき。彼女の唇が離れて行った時。わたし、名残惜しいって……そう思ったの?


自分が分からなくなった。嫌なのに、変な感覚に支配されて、何も考えられなくなった。


怖い。そう思った。

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