初めてはラブホテルで

「やっぱりマックって美味しいね」


「……そうだね」


高級そうな真紅のソファに座って美味しそうにハンバーガーを頬張る水谷さん。

そんな彼女と距離を取るようにベットへと腰掛ける私。


淡いオレンジ色の間接照明と、部屋の正面には大きなダブルベット。白いシーツにふかふかの枕が置かれていて。

私たちはラブホテルに来ているのだった。


「いや、何で?」


「どうしたの?吉田さん」


「なんで、ら、らぶほてる?」


訳が分からない。最近はラブホで女子会なんてのも流行ってるらしいけど、私と彼女はそんな関係でも無いはずだ。

困惑する私を差し置いて、水谷さんは悠然とハンバーガーに手をかける。


「いやーゆっくり吉田さんとお話ししたかったからさー。それに、ほら。わたし"運動"したばっかで疲れてるし」


運動。妙に艶かしくて気持ち悪い。

この人、ついさっきまでオッサンに股開いてたのか。全然そんな風には見えないけど。

ペロリとハンバーガーを食べ終わる水谷さん。

私も止めていた手を動かしてハンバーガーを頬張る。


食べている間、沈黙の時間が続いた。そんな沈黙も、彼女となら心地良い。

……な訳ない。普通に気まずいし一刻も早く逃げたいと思ってる。

これからどうしようか。思考を巡らせていると、唐突に水谷さんから話しかけられる。


「吉田さんって趣味とかあるの?」


「え、趣味……?」


「あ、当ててあげようか。そうだなあー…アニメとか?なんか好きそう」


…凄く侮蔑的な発言だと思う。

いや、確かに見た目はそうだけど。アニメは趣味じゃない。惰性で見ているだけだ。


楽しくなんてない。

だって、虚しくなるから。


自分の現実と重ね合わせて唯々悲しくなるだけ。そのくせ、現実には何の彩りももたらさないから嫌いですらある。


「別に、趣味とか無いから」


「じゃあさ」


ぶっきらぼうに答える私に、水谷さんは尚も質問を浴びせようとする。…鬱陶しい。


「ねえ本当に何なの?ご機嫌取りのつもり?

そんなにパパ活のことバラされるの嫌?」


「………私は、ただ吉田さんと仲良くなれたらなーって思ったんだけどね」


思わず悪態をついてしまった私に、水谷さんは少しだけ悲しそうに笑う。…少しだけ罪悪感に駆られた。だけど私は知ってる。この庇護欲を誘うような表情だって、結局は自分の保身のためなんでしょ?


「嘘でしょ、それ」


「信用できないの?だから親にも見捨てられたんだ」


「は?………え」


水谷さんの口から、想像もしていなかった言葉が滑り落ちる。突拍子もない発言。冗談にもならないでしょ、それ。いや、ていうか何で知ってるの?誰にも言ってないし何で水谷さんが…?

私の頭はグルグルと考えが纏まらずに何も言えなくなる。


彼女は、そんな私を心底面白そうに見つめていて。


「この前先生が愚痴ってたよ。その反応見るに、やっぱり本当だったんだね」


優等生の水谷さんには、色んな情報も入ってくるらしい。一気にこっちの形勢が悪くなった気がする。


弱みを握られた私は、今や蛇に睨まれたウサギのようで。大人しく水谷さんの悪事には目を瞑ろうと思ったんだけど。


……やっぱり、気に食わない。


彼女は、私の持っていないものを沢山持っていて。だから、一つくらいは手放しても良いと思う。


「……だから?水谷さんには関係ないよね?」


高圧的な態度をとって屈しないという意思を見せつける。そんな私をジッと見つめる水谷さん。


「私が慰めてあげようか?」


「は?」


水谷さんはまたもや意味不明な妄言を垂れ流す。

どうせ揶揄っているだけ。そう思って視線をハンバーガーに向けたまま無視を決め込む。


「だからさ、私が慰めてあげる」


水谷さんはゆっくりと席を立ち、私のすぐ側へと腰掛ける。近くで感じる人の気配。


私は視線を華やかな装飾へと移す。

……そっちに顔を向けるのは何だか負けたような気がするから。


「ねぇ、こっち見て?」


手に温かな感触が走った。

水谷さんの手。私の手に自分のを乗っけたかと思えば、舐め回すように。

彼女の指がじっとりと指の隙間に通される。


「……何で、こんなことするの?」


私の身体を味わうかのような仕草。

全身に寒気が走る。

気持ち悪い……!怖い……!


指を貪られた後、そのまま押し倒すようにして上に乗っかられた。


「好きだから……」


「だれが……?」


「……吉田さんが」


「は?」


唇に、柔らかい何かが触れた。

それは、柔らかい水谷さんの唇だった。


小鳥がさえずるような軽いキスと、肌をくすぐる吐息。

強張る身体をギュッと抱きしめられる。


その体温に心を許しそうになって──


「やっ、めて……」


辞めさせようと肩を手で押す。だけど、非力な私じゃどうにも出来ない。


私の頭を挟むように彼女の両腕がベットに置かれて、視界が水谷さんでいっぱいになった。


透き通るような綺麗な肌。

その美しさに目が離せなくなって。

されるがままに、ぴったりと二人の身体が重なり合う。


「可愛いよ、吉田さん」


最後に人の温もりを感じたのはいつだったかな。お母さんが家を出て行った後、力強くあの人に抱きしめられたことを思い出した。


唇を触れ合わせるだけのキス。

静かな部屋で「ちゅっ」と可愛らしい音だけが響き渡る。


「それ、やだ………」


息が苦しい。

思わず閉じていた歯と歯の隙間を開ける。


「もうちょっとだけ頑張ってね」


彼女の舌が口内に侵入する。

私は思わず彼女の頬を引っ叩いた。


「やめ…てっ……」


「怖いのは最初だけだよ。ただ、私を感じてくれるだけで良いから」


再び、私たちの身体が重なり合う。

頭を撫でるように彼女の手が置かれて、その安心感から強張った体から息が抜け落ちる。


拒めない。嫌なのに、身体は刺激を望んでいる。


唇を挟むようにして、ゆっくりと口を開けさせられてしまう。


「良い子だから。大人しく、ね?」


何が起きているのか分からない。

ただ、熱に浮かされて、口の中に確かな感触を感じる。…水谷さんが中に入ってくる。


「かわいい……ふふ、もっと…」


ぎこちない私をエスコートするように水谷さんが私を貪り尽くす。


熱が全身を支配していく。

そんな現実から逃れるために私は目を瞑る。


「目、開けてよ」


水谷さんはキスを辞めて耳元で囁いてきて。

それが余計に恥ずかしくて、でも声に出すことも出来なくて、必死に瞼をぎゅぅっとする。


「じゃあ、こっちを頂いちゃうね」


「なに……しっ……」


彼女の舌が私の耳に触れた。

凹凸のある皮膚を滑らせるように、耳の窪みをなじられて。


唾液を耳に垂らされる。

ゾワっと、耳の裏が粟立った。


「ん………っ」


まるで無理やり犯されたような気持ち良さが全身を駆け巡る。


「や………だ……ぁ……」


上に乗っかる水谷さんには抗えない。

そんな主従関係を教え込むように、ぐちょぐちょと気持ち良い音を立てながら、耳の中を犯される。


水谷さんが私の中に入り込む感覚。

その全てが気持ち良くて仕方ない。

誰かに身を預けるのは怖いけど。

それでも、彼女がずっとそばに居るという事実がこの上なく心地良かった。




どれくらい経っただろうか。

永遠とも思える時間、私はずっと水谷さんに犯されていた。「ぷはっっ」と耳から彼女の口が離れる。

もう終わったはずなのに、余韻が残っていて体に力が入らない。全身が熱くなっていた。

そして、水谷さんの顔がとても愛おしく見えてしまった。


「ほんとに可愛いね……そんな顔も出来るんだ」


「……さいあく」


苦し紛れに悪態をつく。

だけど、でろでろに溶かされてベットに横たわっているから説得力がまるで無い。

水谷さんもそんな様子に笑いが堪えきれないようで。


「もしかして初めてだった?ごめんね、ちゃんと責任は取るから」


冗談めかして揶揄われる。

何だこの軽薄な女は。確かに初めてだったけど、責任取るなんて口だけでしょ。


「……どういう、つもり?気持ち悪いよ水谷さん」


「そんな風には見えなかったけど?」


気持ち悪い、はずだ。

他人にいきなりレイプ紛いのことをされて悦ぶほど私は堕ちていない。


「水谷さん、パパ活のしすぎでオッサンの性格移ったんじゃない?」


「な訳ないじゃん。ほんとに気持ちよさそうにしてたよ、吉田さん」


「……気のせいでしょ」


「………うそつき」


否定する私が気に食わないのか、水谷さんはつんつんとほっぺを触る。それが余計に鬱陶しいから、私は無視を決め込む。


「そんな素っ気ない態度じゃモテないよ?」


「別に、モテたいとか思わないから」


「勿体無いなあ美人なのに」


「美人?私が?」


水谷さんからふざけた言葉が飛んでくる。

冗談にすらならないでしょ。私だって身の丈は弁えてるし、自信過剰になれるほど自分に期待していない。


「美人だよ。私も、吉田さんのこと大好き」


「……気持ち悪い」


純粋な笑みの中に隠れた妖艶さ。

好き、という言葉に心臓がドキリと跳ねる。


「つづき、しよっか」


「………いや」


ゆっくりと水谷さんの手が近づく。

彼女の一挙手一投足に目が離せなくなって。


肩まである横髪を耳にかける仕草も。こっちが目を離すまでジッと見つめてくる瞳も。


全部が私を狂わせようとしてくる。


これ以上彼女と話してたら駄目だ。

私が私じゃ無くなりそうで──。


「………帰る」


「…え?」


「……もう2度と関わらないで」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


私は食べ残したハンバーガーを口に詰める。

そして、急いで部屋を飛び出しラブホテルを後にした。

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