【苦悩】音楽や執筆はネガティブな人生経験から生まれる。それは汚泥の蓮華だ

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

苦しみを力に変えよう、その力はきっと誰かの苦しみを癒すのだから

人はなぜ音楽を奏でるのだろうか。

なぜ言葉を綴るのだろうか。

その理由の多くは、喜びや幸せを語りたいからではない。

本当は、そうではないのだ。

心に宿った悔しさや苦しさ、誰にも理解されなかった痛みを、どうにかして形にしたくて、人は音楽を奏で、言葉を紡ぐ。

つまり音楽も執筆も、「叫び」だ。だがその叫びは、誰かを傷つけるためではない。自分の心を壊さないための、静かな叫びである。


ポジティブな人生を送ってきた人にも、もちろん音楽や文学はできるだろう。美しい思い出や幸福な時間を彩るような作品も、それはそれで価値がある。けれど、その作品にはある種の「欠落」がある。なぜなら、「何かを訴える必要」がないからだ。


幸せな人間は、世界に訴えたいことが少ない。


満たされていれば、表現の衝動は起こらない。

苦悩や孤独や挫折といった“負の感情”こそが、音楽や文章を生み出す燃料になる。だからこそ、創作の出発点には常に「痛み」がある。


音楽にしろ執筆にしろ、表現という行為は、感情の再現であると同時に、それを超える昇華でもある。単なる愚痴や弱音では人の心は動かない。しかし、悔しさをメロディーに乗せ、言葉にして編んでいくうちに、それは誰かの心に届く力を持つようになる。

「私はこうして苦しかった」

その体験が、「あなたも、そうだったのですね」と、誰かの心に共鳴を生む。そこに作品としての価値が生まれるのだ。


私自身、楽しいときよりも、悔しいときのほうが音楽を深く練習した。嬉しいときよりも、孤独なときのほうが言葉をたくさん綴った。

なぜか?

幸せな時間はそのままで完結してしまう。だが、悔しさはそのままでは終われない。どこにも行き場のない苦しみが心に澱みのように溜まり、それを外に出さない限り、自分自身が壊れてしまう。

それゆえに、音楽を奏で、文章を書く。自分の心を壊さずに保つために。


そして、その「訴える必要」が強ければ強いほど、作品には迫力と深みが宿る。

言葉がうまくなくても、技術が未熟でも、それを超える何かが伝わる。

それこそが「本物」の証であり、技術の先にある“魂”である。


だからこそ、私は思う。

人生で悔しい思いをした人、失敗した人、馬鹿にされた人、報われなかった人、孤独だった人こそ、音楽や執筆に向いているのだと。

その経験は、あなたを傷つけるためにあったのではない。

表現の源として、あなたの中に根を張るためにあったのだ。

だから逃げずに、その苦しみを見つめてほしい。

苦しみはあなたの敵ではない。それは創作における最も大きな味方である。


そして、ただの「吐き出し」で終わらせてはならない。

怒りや悲しみを作品に変えるとき、最初は生々しくても構わない。だが、次第にそれを磨き、自分だけの言葉、自分だけの音に昇華していく作業が必要だ。

自分だけの表現に変わったとき、それは初めて“芸術”になる。


世界には、多くのポジティブな言葉が溢れている。

「がんばろう」「前向きに」「笑顔が大事」

しかし、それだけでは救われない心がある。

「がんばれなかった」自分を、「前向きになれなかった」自分を、「笑顔を忘れてしまった」自分を、誰が救ってくれるのか。

その答えが、あなたの音楽であり、あなたの文章なのだ。

そういうものが、世界にはどうしても必要だ。


だから私は、苦しんでいる人にこそ創作を勧めたい。

「もうだめだ」と思ったとき、ペンを持ってみてほしい。

「誰にも分かってもらえない」と思ったとき、楽器に触れてほしい。

その瞬間に生まれる音や言葉は、きっと、あなただけの真実になる。

そしてそれは、いつか誰かの真実とも繋がる日がくる。


幸せな人生には訴えが要らない。

だから、あなたの人生が悔しくて、苦しくて、どうしようもないなら、表現者になるべきだ。


苦しみをそのまま終わらせてはならない。

その感情を、自分だけの音楽に、自分だけの物語に変えてほしい。あなたの音楽、あなたの物語はきっといつか誰かの苦しみに寄り添い、そしてその誰かを癒すのだから。



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