第8話 副団長帝国使節団の相手をする
副団長使節団の相手をする
王都アルセリアに、久方ぶりの重たい空気が流れ始めていた。
発端は、隣国ヴァルグレイア帝国より、正式な使節団が“外交目的”として来訪するという一報だった。
だがこの「正式な外交訪問」という響きが、かえって王都全体の緊張を高めていたのは、帝国という存在が持つ――あまりに現実的な“威圧感”のせいだった。
帝国。
その名のとおり、重厚で、強大で、厄介で。
豊かな鉱山資源と鉄血の軍制で、近年では諸国に覇を唱え始めた、軍事的超大国である。
王国の貴族たちは警戒を、兵士たちは静かな焦燥を、民はただ不安を。
──そうして迎えた、その“使節団来訪の朝”。
「……にしても、どうして俺が王女殿下の護衛に……」
王都南門。
朝の光に照らされる石畳の上で、レオン・アーディルは外套の襟をいじりながら、所在なげに頭をかいた。
身なりは礼装、足元は磨かれた騎士靴、態度はおおむね困惑。
これから帝国使節団の“お出迎え”だというのに、顔にあるのはどこか呆けたような表情。
「俺、こういうの……正直、苦手なんですけどね」
そう呟くレオンの隣には、王女クラリスの姿があった。
今日の彼女は白銀のドレスに身を包み、誰の目にも気品と威厳を備えていたが、当人の指先はほんの少しだけ震えているように見えた。
(……あのとき、断れなかったのが悪かったのか)
数日前。王女の私室。
「レオン、お願い。あなた以外に、私の護衛を任せられる人はいないの」
その言葉を聞いて、断れる者など、そう多くはない。
少なくともレオンは、無理だった。
「まあ……王女殿下がそこまで仰るなら、やりますけど……」
ただそのとき、彼の中にあったのは使命感よりも、彼女の不安そうな目を見てしまった、という罪悪感に近い感情だった。
「本当は……団長の仕事なんだけどなあ……俺、副団長だし……」
ブツブツと小声で言いながら、正面に視線を戻す。
遠く、豪奢な馬車とそれに随伴する騎士たちの隊列が、重たい足音と共にこちらへと迫っていた。
「来ましたわね……ヴァルグレイア帝国の使節団」
クラリスの声はよく通るが、少し硬い。
それを聞いたレオンは、隣で軽く肩をすくめた。
「大丈夫ですよ、姫。緊張しすぎると、逆に“舐められる”かもしれません。……まあ、俺みたいな凡人が言うのもなんですけど」
「あなたが凡人、ですって?」
クラリスは横目でじっと彼を見た。
「ええ、まあ。俺、目立つの苦手ですし、剣もそこまで速いわけでもないし……護衛ってほど大した力、あるとは思ってないんですよ」
「……そう。あなたが“そう”言うから、余計に信用できるのかもしれませんわね」
言葉の意味はよく分からず、レオンは「はあ……」と短く応じた。
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豪奢な帝国の馬車が南門前に停まり、門兵が丁寧に扉を開けると、まず現れたのは一人の青年騎士だった。
銀髪、碧眼、整った顔立ちに鍛えられた体躯。
だがその口元に浮かぶ笑みは、明らかに人を見下したものだった。
「ふん……これが、アルセリアの騎士団か。なかなか綺麗に並んでいるじゃないか。まるで飾り物だ」
「帝国筆頭騎士、ユリウス・シュヴァインツ」
同行していた侍従がそう名乗ったとき、周囲の王国騎士たちは目を伏せた。
レオンは、その青年の視線を受けながら、一歩前に出る。
「レオン・アーディルと申します。道中、お疲れ様でした。王都へのご滞在が実り多いものになりますよう、騎士団一同、努めさせていただきます」
丁寧で、飾らず、どこか人好きのする口調。
だが、それが気に障ったらしい。
「……“あの”副団長ですか。“魔獣を睨み返して追い払った”とか、“神竜を殴って気絶させた”とか。……噂、いろいろ耳にしていますよ?」
「……いや、それ全部誤解ですから。本当に。ただの巡回騎士ですよ、俺なんて」
レオンが苦笑気味に手を振ると、帝国の騎士たちはクク……と笑い声を漏らした。
バカにするというより、“面白がる”ような、不気味な笑い。
「ま、こちらとしては……いずれ真偽を“確かめさせて”いただきましょうか。副団長殿」
その言葉に、クラリスが小さく眉をひそめたのを、レオンは見逃さなかった。
だが彼はそれに反応せず、ただ控えめに頭を下げた。
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数日後──王宮の大広間では、きらびやかな晩餐会が催されていた。
王国と帝国、それぞれの重鎮たちが一堂に会し、絢爛な音楽と香り高い料理が舞う中、宴は和やかに進んでいた。だが、その空気が変わるのに、そう時間はかからなかった。
「では、模擬戦をしてみませんか?」
帝国軍の青年将校──ユリウスが、唐突に放った一言。
響く楽器の音がかすかに乱れ、会場の空気がぴたりと固まる。
「“噂の副団長”が、どれほどのものか。見てみたいだけなのです。交流という名目であれば、問題ないでしょう?」
その言葉には、笑みを浮かべながらも明らかな挑発が滲んでいた。
帝国の数名が、くすりと小さく笑い合う。その視線は、あからさまに侮蔑を含んでいた。
「やはり田舎王国の自警団は、貴族のお遊びでしょうか」 「副団長殿とはいえ、護衛任務しか任されていない立場ですものね」
皮肉混じりの囁きがあちこちで漏れ聞こえる中、レオンは肩をすくめた。
「ええと……模擬戦、ですか? そういうの、あまり得意じゃないんですけど……」
いつも通りの調子で、苦笑いを浮かべながら頬をかく。
「俺より団長の方がずっと強いですし、こういう場には向いてるんですけどね」
それに対し、ユリウスは冷ややかに笑った。
「いま、王女殿下の護衛を務めているのは、あなたなのでしょう? それならば当然、実戦力もおありなのでは?」
まるで、逃げ道を潰すかのような言い回し。
「実戦力って……いやいや、本当にそういうのじゃ……。なんというか、たまたま助けられたり、周りがすごくて何とかなってるだけで……」
言葉を濁しながら、レオンはクラリスへ視線を向けた。
そこにあったのは、切実な──けれどどこか不器用な眼差し。
「レオン……お願い。彼を黙らせられるのは、あなたしかいないの」
クラリスのその一言に、レオンは言葉を詰まらせた。
帝国側の将校たちが、さらににやにやと笑みを深めている。
「副団長殿、王女に頼まれて逃げられますかな?」 「それとも──怖いのですか?」
揶揄と嘲笑が重なる中、レオンは小さくため息をついた。
「……あー、もう。ほんと、みんな口が達者で困るな……」
そう呟くと、肩をぐるりと回して、ゆっくりと立ち上がる。
「分かりました。じゃあ、やってみます。……でも、本当に俺、そんな強くないんですよ? 何かこう……たまたま守れてるだけで」
その言葉に、帝国側の数名が「ははは」と笑い出した。
「おもしろいですね、副団長殿。そこまで謙遜するとは。ますます興味が湧いてきましたよ」
だがその時、王国の将校やクラリス、シリルの目に宿ったのは──静かな確信。
「──レオンさんが、ただの“護衛”で終わる人じゃないことくらい、みんな知ってる」
シリルの呟きは小さかったが、その声にクラリスもうなずいた。
レオンはただ、ぼんやりと頭をかきながら会場の中央へ向かっていった。
のらりくらりと──それでも確かな足取りで。
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お互いが会場の中央で向かい合う。会場の音楽は鳴りを潜め、王国側の貴族はユリウスを可哀想なものを見るような目でみていた。
しかし反対にユリウスは笑みを浮かべ、すでに勝った男のように胸を張る。
「それでは……“本当の実力”、拝見させていただきましょうか、副団長殿?」
レオンは外套を外しながら、小さく息を吐く。
「……あー。じゃあまあ、できるだけ、怪我はさせませんので。」
「…………は?」
──無自覚最強副団長・レオン、無自覚に煽る天才。
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