第38話 ネファレムポイント
彼らは、その足で、ダンジョンの外へと出た。
そして、その入り口の脇に、まるで太古の昔からそこにあったかのように、静かに佇む黒いオベリスクを、発見した。
健司は、少女たちに促されるまま、その石柱に、先ほど手に入れた
石柱が、共鳴するように青白い光を放ち、彼の目の前に、特殊な次元への扉…ネファレム・リフトへのポータルが、その口を開いた。
「わあ、綺麗…!」
陽奈が、感嘆の声を漏らす。
だが、健司は、その未知なる扉を前にして、少しだけ、その表情を引き締めた。
「…よし。じゃあ、行くか。お前ら、準備はいいな?」
彼が、そのリーダーとしての覚悟を、その声に滲ませた、まさにその時だった。
三人の少女たちは、顔を見合わせた。
そして、彼女たちは同時に、悪戯っぽい笑顔で、言った。
「「「ううん、健司さんだけで、いってらっしゃーい!」」」
「……………は?」
健司の、思考が、完全に停止した。
「じゃあ、一人で頑張って!」
輝が、そのサイドポニーを揺らしながら、応援のポーズを取る。
「私達、応援してるから!」
陽奈が、その隣で、可愛らしいポンポンを振る幻覚が見えるかのように、にこやかに微笑む。
「フレー、フレー、健司さーん!」
りんごが、その場で楽しそうに、歌い始めた。
「いや、ちょ、待て、お前ら!」
健司の、その悲痛な叫び。
それを、フロンティア君の、あまりにも無慈悲な解説が、断ち切った。
「大丈夫だッピ、健司!」
彼の視界の隅で、ピンク色のタコが、サムズアップをしていた。
「**ランク1のリフトは、レベル1相当のゴブリンしか出ないから、楽勝だッピ!**君の、その鍛え上げられた力を見せてやるッピ!」
その、あまりにも無責任な、そしてどこまでも他人事な声援。
それに、健司はもはや、何も言うことはできなかった。
彼は、ただ、その三人の少女と一匹のタコに、その背中を、ぽん、と押された。
そして、彼は一人、その光の渦の中へと、吸い込まれていった。
◇
リフトの内部は、彼の予想通り、混沌としていた。
そして、そこから湧き出てくるのは、レベル1の、あまりにも弱々しいゴブリンたち。
彼は、そのあまりにも一方的な蹂躙を、ただの作業として、淡々とこなしていく。
「おっ、視界の端にゲージが出た。これを100%にしたら良いのか?」
彼は、ARカメラの向こうで(実際には、ポータルのすぐ外で)見守る少女たちへと、確認するように言った。
「うーん!どんどん敵を倒して行って!」
陽奈の、元気いっぱいの声が、彼のヘッドセットに響く。
彼は、その声援に、深いため息を吐きながら、【必殺技】衝撃波の一撃で、残りのゴブリンたちを掃除しながら進んでいく。
**100%になると、**彼の目の前の空間に、禍々しい紫色の魔法陣が展開された。
「ボスが出てくるから、倒したらクリアだよ!」
輝の、その的確なアドバイス。
それに、健司は頷くと、その魔法陣から現れた、一体の巨大なガーゴイルを、ただの一撃で、粉砕した。
【ネファレムポイント+1されました】
その、あまりにもささやかな、しかし確かな勝利の証。
そして外に出る。
彼が、ポータルの外へと戻った時。
三人の少女たちが、割れんばかりの拍手で、彼を迎えた。
「やったー!おめでとうございます、健司さん!」
「まあ、当たり前だけどね」
「すごーい!」
その、あまりにも温かい歓迎。
それに、健司は少しだけ、照れくさそうに、その頭をガシガシとかいた。
そして彼は、少女たちに促されるまま、そのオベリスクの前で、一つの言葉を、念じた。
「ショップを、見て」
念じると、ARストアが表示される。
その、あまりにも広大な、そしてどこまでも美しい、景品の交換ウィンドウ。
その中の【ペット】という項目を開き、そこにある奴で、買える物だけを表示させる。
すると、カエルのペットが表示される。1ポイントで買えると表示される。
「じゃあ、買ってみて」
輝の、その楽しそうな声。
それに、健司は、その交換ボタンを、タップした。
彼の足元に、ぽよん、という可愛らしい音と共に、半透明の、緑色のカエルが、その姿を現した。
カエルは、彼の足に、ぴょんぴょんと飛び跳ね、そしてその肩の上へと、ちょこんと乗った。
「うお、本当に出た!すごいな、これ!」
健司の、その素直な感嘆の声。
**そして、振り向くと、**彼の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
みんな、肩にカエルを出してる。
陽奈も、輝も、そしてりんごも。
その、三人の少女たちの肩の上に、全く同じ、緑色のカエルの霊体が、ちょこんと乗っていたのだ。
「冒険者学校だと、みんなペット自慢してるよー」
輝が、悪戯っぽく笑った。
「餌もいらないし、亡くならないから、みんな冒険者は霊体のペットを出してるよ~」
その、あまりにも衝撃的な事実。
それに、健司は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
そして、その彼の、あまりにも人間的な、そしてどこまでも哀れな姿。
それに、輝は、とどめとばかりに、その世界の、最も甘美な、そして最も残酷な真実を、告げた。
「ちなみに、このショップの、一番の景品は、これだから」
彼女は、ウィンドウの、最も高価なアイテムを、指し示した。
「名前:
時の揺り戻し、若返りの薬
(ときのゆりもどし、わかがえりのくすり)
(The Ebbing of Time, Potion of Rejuvenation)
レアリティ:
神話級 (Mythic-tier)
種別:
霊薬 / アーティファクト (Elixir / Artifact)
効果:
この霊薬を飲み干した者は、その記憶と人格を完全に維持したまま、肉体の時を正確に10年巻き戻す。
この霊薬は、世界の理そのものが凝縮した奇跡の産物であり、いかなる魔法や技術をもってしても、その模倣・複製は不可能である。
フレーバーテキスト:
王は金で城を築き、英雄は力で伝説を築いた。
だが、時はその全てを、無慈悲に砂へと変える。
彼らは、資産の半分を差し出して、10年を買う。
彼らが本当に買っているのは若さではない。
自らの帝国で、もう10年、君臨し続けるための「権利」だ。」
「大体、10兆円くらいで取引されてるんだよ~」
その、あまりにも暴力的な数字。
それに、健司は、もはや言葉もなかった。
そして、その彼の、完全にフリーズした思考を、フロンティア君の、あまりにも無邪気な声が、現実に引き戻した。
「そうだッピ!S級から出るアーティファクトだッピ!」
彼は、興奮したように言った。
「S級ダンジョンから、他にも夢のようなアーティファクトがたくさん出るッピ!」
「例えば、【禁則事項】とか!」
「他には、【禁則事項】とか!」
「あっ!発言制限が出てるッピ!言っちゃダメな事だったッピ!」
その、あまりにもわざとらしい、そしてどこまでも楽しそうな、茶番劇。
それに、笑いを誘うフロンティア君。
そして、その笑い声は、健司以外の、三人の少女たちにも、伝播した。
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも平和な笑い声の輪の中で。
健司は、ただ一人、その肩の上でけろけろと鳴くカエルと共に、そのあまりにも巨大すぎる世界の理を前にして、静かに、そして深く、ため息を吐くことしか、できなかった。
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