第38話 ネファレムポイント

彼らは、その足で、ダンジョンの外へと出た。

そして、その入り口の脇に、まるで太古の昔からそこにあったかのように、静かに佇む黒いオベリスクを、発見した。

健司は、少女たちに促されるまま、その石柱に、先ほど手に入れた要石かなめいしを捧げた。

石柱が、共鳴するように青白い光を放ち、彼の目の前に、特殊な次元への扉…ネファレム・リフトへのポータルが、その口を開いた。


「わあ、綺麗…!」

陽奈が、感嘆の声を漏らす。

だが、健司は、その未知なる扉を前にして、少しだけ、その表情を引き締めた。

「…よし。じゃあ、行くか。お前ら、準備はいいな?」

彼が、そのリーダーとしての覚悟を、その声に滲ませた、まさにその時だった。

三人の少女たちは、顔を見合わせた。

そして、彼女たちは同時に、悪戯っぽい笑顔で、言った。

「「「ううん、健司さんだけで、いってらっしゃーい!」」」


「……………は?」


健司の、思考が、完全に停止した。

「じゃあ、一人で頑張って!」

輝が、そのサイドポニーを揺らしながら、応援のポーズを取る。

「私達、応援してるから!」

陽奈が、その隣で、可愛らしいポンポンを振る幻覚が見えるかのように、にこやかに微笑む。

「フレー、フレー、健司さーん!」

りんごが、その場で楽しそうに、歌い始めた。


「いや、ちょ、待て、お前ら!」

健司の、その悲痛な叫び。

それを、フロンティア君の、あまりにも無慈悲な解説が、断ち切った。

「大丈夫だッピ、健司!」

彼の視界の隅で、ピンク色のタコが、サムズアップをしていた。

「**ランク1のリフトは、レベル1相当のゴブリンしか出ないから、楽勝だッピ!**君の、その鍛え上げられた力を見せてやるッピ!」


その、あまりにも無責任な、そしてどこまでも他人事な声援。

それに、健司はもはや、何も言うことはできなかった。

彼は、ただ、その三人の少女と一匹のタコに、その背中を、ぽん、と押された。

そして、彼は一人、その光の渦の中へと、吸い込まれていった。



リフトの内部は、彼の予想通り、混沌としていた。

そして、そこから湧き出てくるのは、レベル1の、あまりにも弱々しいゴブリンたち。

彼は、そのあまりにも一方的な蹂躙を、ただの作業として、淡々とこなしていく。

「おっ、視界の端にゲージが出た。これを100%にしたら良いのか?」

彼は、ARカメラの向こうで(実際には、ポータルのすぐ外で)見守る少女たちへと、確認するように言った。

「うーん!どんどん敵を倒して行って!」

陽奈の、元気いっぱいの声が、彼のヘッドセットに響く。

彼は、その声援に、深いため息を吐きながら、【必殺技】衝撃波の一撃で、残りのゴブリンたちを掃除しながら進んでいく。

**100%になると、**彼の目の前の空間に、禍々しい紫色の魔法陣が展開された。

「ボスが出てくるから、倒したらクリアだよ!」

輝の、その的確なアドバイス。

それに、健司は頷くと、その魔法陣から現れた、一体の巨大なガーゴイルを、ただの一撃で、粉砕した。


【ネファレムポイント+1されました】


その、あまりにもささやかな、しかし確かな勝利の証。

そして外に出る。

彼が、ポータルの外へと戻った時。

三人の少女たちが、割れんばかりの拍手で、彼を迎えた。


「やったー!おめでとうございます、健司さん!」

「まあ、当たり前だけどね」

「すごーい!」


その、あまりにも温かい歓迎。

それに、健司は少しだけ、照れくさそうに、その頭をガシガシとかいた。

そして彼は、少女たちに促されるまま、そのオベリスクの前で、一つの言葉を、念じた。

「ショップを、見て」

念じると、ARストアが表示される。

その、あまりにも広大な、そしてどこまでも美しい、景品の交換ウィンドウ。

その中の【ペット】という項目を開き、そこにある奴で、買える物だけを表示させる。

すると、カエルのペットが表示される。1ポイントで買えると表示される。


「じゃあ、買ってみて」

輝の、その楽しそうな声。

それに、健司は、その交換ボタンを、タップした。

彼の足元に、ぽよん、という可愛らしい音と共に、半透明の、緑色のカエルが、その姿を現した。

カエルは、彼の足に、ぴょんぴょんと飛び跳ね、そしてその肩の上へと、ちょこんと乗った。


「うお、本当に出た!すごいな、これ!」

健司の、その素直な感嘆の声。

**そして、振り向くと、**彼の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

みんな、肩にカエルを出してる。

陽奈も、輝も、そしてりんごも。

その、三人の少女たちの肩の上に、全く同じ、緑色のカエルの霊体が、ちょこんと乗っていたのだ。

「冒険者学校だと、みんなペット自慢してるよー」

輝が、悪戯っぽく笑った。

「餌もいらないし、亡くならないから、みんな冒険者は霊体のペットを出してるよ~」


その、あまりにも衝撃的な事実。

それに、健司は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

そして、その彼の、あまりにも人間的な、そしてどこまでも哀れな姿。

それに、輝は、とどめとばかりに、その世界の、最も甘美な、そして最も残酷な真実を、告げた。


「ちなみに、このショップの、一番の景品は、これだから」

彼女は、ウィンドウの、最も高価なアイテムを、指し示した。


「名前:

時の揺り戻し、若返りの薬

(ときのゆりもどし、わかがえりのくすり)

(The Ebbing of Time, Potion of Rejuvenation)


レアリティ:

神話級 (Mythic-tier)


種別:

霊薬 / アーティファクト (Elixir / Artifact)


効果:

この霊薬を飲み干した者は、その記憶と人格を完全に維持したまま、肉体の時を正確に10年巻き戻す。

この霊薬は、世界の理そのものが凝縮した奇跡の産物であり、いかなる魔法や技術をもってしても、その模倣・複製は不可能である。


フレーバーテキスト:


王は金で城を築き、英雄は力で伝説を築いた。

だが、時はその全てを、無慈悲に砂へと変える。

彼らは、資産の半分を差し出して、10年を買う。

彼らが本当に買っているのは若さではない。

自らの帝国で、もう10年、君臨し続けるための「権利」だ。」


「大体、10兆円くらいで取引されてるんだよ~」


その、あまりにも暴力的な数字。

それに、健司は、もはや言葉もなかった。

そして、その彼の、完全にフリーズした思考を、フロンティア君の、あまりにも無邪気な声が、現実に引き戻した。


「そうだッピ!S級から出るアーティファクトだッピ!」

彼は、興奮したように言った。

「S級ダンジョンから、他にも夢のようなアーティファクトがたくさん出るッピ!」

「例えば、【禁則事項】とか!」

「他には、【禁則事項】とか!」

「あっ!発言制限が出てるッピ!言っちゃダメな事だったッピ!」


その、あまりにもわざとらしい、そしてどこまでも楽しそうな、茶番劇。

それに、笑いを誘うフロンティア君。

そして、その笑い声は、健司以外の、三人の少女たちにも、伝播した。

その、あまりにも温かい、そしてどこまでも平和な笑い声の輪の中で。

健司は、ただ一人、その肩の上でけろけろと鳴くカエルと共に、そのあまりにも巨大すぎる世界の理を前にして、静かに、そして深く、ため息を吐くことしか、できなかった。

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