第2話 俺のミントで『汚れ』が消失する!

「新入り、あんた冒険者を目指そうって割にナヨナヨしてるけど大丈夫なのかい?」

「っす、頑張るっす。やる気だけはあります!」

「まぁいいけどね。皿を割ったらその分報酬から差っ引くから覚悟おし!」


 ちょっと強面のおばさんから釘を刺される。

 配属されたのは流しの一角。

 そこでは俺以外に二人の皿洗いが並んでいた。

 要はそのうちの一人が辞めてしまったので、急遽募集していたという話だ。

 お邪魔しまーす!


「おう、お前が新入りか。ここのカミさんは怒らせると怖いから気をつけるんだぞ?」

「その身長だと流しに入るの大変じゃないか? 踏み台を借りてきてやろうか?」

「あ、そこは問題ないっす」


 俺は足の裏にミントを生やして身長を即座に誤魔化した。

 地植えするのは害悪だが、自分の限られた体の面積内で育てるなら問題ないのだ。

 ムダ毛みたいに処理すればいいだけだからな。

 先輩達はすげー驚いてたけど。


「お前、面白い特技持ってるな」

「植物を操る宿命か」

「あ、いやミントをどこでも生やせるだけですね」

「前言撤回。あんまり面白くないな、それ」

「あちゃー」


 王宮の外でもこの嫌われようである。

 地植えしなきゃいい奴なのに。

 そう思いたいのは俺がこんな宿命を背負ってしまったからだろうか?


「さて新入り」

「コーヘイっす」

「コーヘイ」

「っす」

「ここの皿洗いはとにかく量が多い肉体労働だ。基本は水で洗う都合上、油汚れを落とすのがとても大変だ。洗剤の類も一応あるが、数が限られてるから十分注意して使えよ? 水でさっと落ちる程度のやつには使うな。まずはそこの見極めからだな」

「っす」

「お前話聞いてるか?」


 先輩方はこの話し方が気に入らないようだ。

 俺からしてみたら、余計な無駄口を叩かないように懸命に努力した結果なのにさ。

 とりま、今の状況じゃまずいので、言われた通りのことを繰り返して納得させ、伸ばしたミントでスタスタ歩いて流しの一角に鎮座した。


 ミントで身長を伸ばすのはテクがいるけど、これの一番いい所は長時間立っていても足が疲れない事だな。

 俺の身長は小さめなので、割と王宮でも背が届かない事がよくあった。

 そこで体の延長線上のものを取るのにミントを使って取ったものだ。

 その度に怒られたのは今はもう懐かしい記憶である。


「うわ、この油汚れしつこいですね」

「そいつは最優先洗剤案件だ」

「あー」

「今日はこのメニューが大量発注される恐れがあってな。洗剤支給がとにかく多い」

「何かイベントでもあるんすか?」

「ばっか、この街に住んでて知らない奴があるか」


 おっと、薮蛇だったか。


「勇者様がご降臨なされた、その記念パーティだよ」

「あれ? 勇者様は結構前にご降臨されてませんでした? ギルドの受付では目撃情報があるって」

「そういう目撃情報じゃなくて、王宮から直々のお達しだ」

「へー」

「そのパレードでね、普段食べない高級メニューが出てるんだ」


 それが油の原因と。


「とにかくそのパレード期間が終わるまで地獄だぞ? お前ナヨナヨしてるからすぐへばりそうで心配なんだ」


 へばった分は先輩方に行くらしい。

 だから再三注意してくれるのだろう。

 だが俺は何もできなかっただけではなく苦労はしてきてる方なので、これを機に信頼を築いてやるぜ!


「うぉおおおおおおおお!」


 ふはははは! 俺の前に皿の油汚れなど恐るに足らず。

 洗剤など使わずとも、何度でも生やせるミントで綺麗に落とし切ってみせるわ!


「うぉおおおおおおおお!」


 濡れた食器を乾かすのだってミントにお任せ! 無限の吸収力で一滴残らず水分を吸い尽くしてくれるわ!

 

「うぉおおおおおおおお!」


 俺の後ろには綺麗に磨き上げられ、程よく乾燥した皿が積み上がっていく。

 皿が一枚も割れていないだって?

 きちんとミントに包んでいるから落ちても割れないんだぞ。

 皿が乾き切ったら勝手に萎れて消える弱い存在でもあるけどな。


「お前すごいな。洗剤を少しも使わずにこの量を捌けるなんて」

「ああ、俺たちも負けてらんないな」


 へへ。照れるぜ。


「ちょっとうるさいけどな」

「自己アピールの激しいやつだ」


 お、雲行き怪しくなってきたぞ?


「背が小さいの気にしてるんだろ」

「あー」


 聞こえてるからな?

 今はちょっと皿洗いに夢中になってるだけだし。

 あと背のことは言うな。

 俺だってずっと気にしてるんだから。

 なまじ親友が女だらけなので、男のポリシーを維持するのが大変なんだよ!


 昼の忙しい時間は終わり、賄いをいただく。


「うまっ。これうまいっすね」

「ここの料理はこの街一番だからな」

「だからローズアリアに来たらここに人が押し寄せるってことさ」

「ここの賄いがとにかく人気でな、募集があったら真っ先に埋まるくらいで」

「先輩方も普段ちがう仕事をしてるんすか?」

「俺は冒険者」

「俺は鍛治職人だな」

「そんな人たちにもここの皿洗いって人気なんすねー」

「今の時期だけな」

「そうそう、今の時期だけ」


 今の時期だけ?

 勇者パレード以外に何か関係あるんだろうか?


「今の時期っていうのは?」

「お前は新入りだからわからないかもしれないが、駆け出しが大量に押し寄せると、普段の俺たちの仕事が一気に減るんだ。食い扶持が減って、満足に飯も食えなくなるわけ」

「そこは新入りが遠慮しないんすか?」

「目の前に遠慮しない新入りがいるだろ?」

「あー」


 言われて納得する。

 なんで自分のスタート時に遠慮する必要があるんだって話だ。

 これで食ってく!という目標を立ててるからこそ、がむしゃらにやるわけで。

 そこで手を抜くなんておかしな話か。


「そこはうまいこと先輩方も抜け道探してるんじゃないっすか?」

「そこの一つがここでな」

「なるほど」

「あとは裏方仕事が多いかな? 何かと新入りがやりたがる、覚えたがる仕事ってのは集中するから」

「じゃあ、俺もあんまりここに来ないほうが良かったっすか?」


 ちょっとだけ居心地が悪くなる。

 やっぱ俺はどこにいてもダメな奴なんだ。

 ウジウジしてると、先輩はそれを察してくれたのか急に元気付けてきた。


「いや、お前はここに残れ。きっとそのミントはここで活躍するために神様がお前に授けた唯一の宿命だと俺は思うね」

「むしろ途中から俺たちの分までやってくれてサンキューな? 楽して賄い食うことできたわ」


 こいつら! 俺が勢いに任せて食器洗いをしてる横でそんな楽な思いをしてたのか。

 許せねぇ!


「特にあの量を洗剤を使わずに洗い切るのは大したことだよ」

「一応、洗剤は使わせてくれるが、使わないに越したことはないのがカミさんの言い分だしな」

「そうそう。どうしても大量に人が押し寄せてくる。決まって同じメニューしか食わないから身銭を切って仕入れてるんだよ」

「洗剤。そんなに高いんすか?」

「高いな。ポーションを一本仕入れるくらいの値段だ」

「買ったことないからわかんないす」

「一日食ってくのにパンとスープがあればいい。朝昼晩・それを6日分。それが洗剤一つに使われる」

「これに?」


 目の前にあるのは液体の小瓶。

 ポーションは実物を見たことないが、洗剤の大きさはせいぜい500mlのペットボトルくらいだ。

 これ一つに一週間分の食費が投与されているという事実に驚きを隠せない。

 そりゃ、こんなのの仕入れに後ろ向きな気持ちもわかる気がした。


「俺のミントなら問題なく落とせますが?」

「それなんだよ! 俺のスポンジにもミント生やしてもらえねぇか?」

「俺のも、頼む」

「まぁいいすけど」


 その日はとても皿洗いが捗った。

 洗剤はほとんど使わず、経費が浮いたと満面の笑みでおばさんは報酬を渡してくれた。

 皿洗いのバイトはパレード期間中張り出されるとのことなので、当分の食い扶持はここに決まりだな!

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