逆転時計の街
浅倉 茉白
第1話
ジリリリリ。寝ぼけた体を起こして、ベッド横の机に置いた携帯のアラームを止める。ふわぁっとあくびと伸びをして、カーテンを開け徐々に朝の光に目を慣らしていくと、机の上に見慣れないものがあることに気づく。
懐中時計? フタを外して時刻を見ると五時一分。え、と思った。アラームを鳴らすのはいつも六時半。時間がズレている。
それだけじゃなく、妙なことに気づいた。秒針が、右回りではなく、左回りしている。何だか奇妙に思いながら、ゼンマイを巻いて秒針を右へ回して時間を正確なものへ合わせようとする。が、動かない。
意味がわからないが、ゼンマイをさっきと逆に巻くと、針が左へ向かうことに気づいた。遠回りになりそうだが、そうやって時間を合わせようとする。しかし針を動かしていくと、何か時空が歪むような違和感を覚える。
それはまるで、ここまで昇って来たはずの朝日が、再び夜へ帰るような。食べるものを探して地に降りたカラスの、羽が広がり空へ戻るような。辺りが明るくなって消えた街灯の光が、再び灯るような。
要は、時が巻き戻っている。気持ち悪くなって懐中時計を手放すと、懐中時計は十時ごろを指す。
すると、時空は大きく歪み、視界も乱れる。意識がハッキリしたとき、おれはゲームセンターの中にいた。
「タイムブレイカー」という格闘ゲームの
対戦相手と思われる向こうから、「うわぁ、負けたぁ」という声がする。「やっぱつえぇな」と姿を現したそいつは、タケルだ。
金髪の学ランで、ヤンチャな雰囲気だが、そんな怖いやつではない。友達の少ないおれにとって、唯一の友と言っても過言じゃない存在だが、おかしい。
何がおかしいって、おれはついさっきまで、タケルのことを忘れていた。
それに、ついさっきって何だ? ついさっき。それは朝。でも、今は夜。しかも、さっきの朝より前の夜。
変なこと言っているかもしれない。時が巻き戻っているんだから。巻き戻った今なら思い出せる。ここは「レトロ翔」というゲームセンターで、閉店後に忍び込み、タケルと遊んだ。そのことは思い出せる。むしろなぜ、忘れていた?
クロノタウン。寂れた商店街のある、ネオンがチカチカ輝く地方都市。駅前の、大きな時計塔が目印。以前から、その時計塔の針が、ある日時から逆回転を始めるなんて噂があったが、まさか。
おれは少し怖くなって、タケルに話しかけようとしたが、今、何を伝えればいいんだ? 時が巻き戻った今、前の夜と何か違うことを伝えれば、変な問題が起きないだろうか。
「なぁ、タケル。時計塔の噂って知ってるよな?」
「ああ。それがどした」
「あれ、本当だったらどうする」
「んー、困る。だってオレたち、今度の夏フェスで優勝するんだろ? だからこうして、秘密の特訓に来てるわけだろ」
このゲームセンターで行われる、時計まつりの夏フェス。二人一組になってタイムブレイカーの頂点を目指す。おれたちはこの夏、それに誰よりも賭けていた。
「だよな。でも、その程度の問題か?」
夏フェスどころの話かという率直な思いをタケルにぶつける。
「オレたちにとっては
いや、そもそも大会の日を迎えたからって優勝できるとは限らないんだが。けどなんか、タケルの言うことも一理あるというか。変な感覚が湧き上がる。おれたちって、こうして何度も何度も大会に向けて練習だけを繰り返していないか? って。
もしそうだとしたら、それはいったい何なんだ?
「おい、ハル。とりあえず時計のことは、ほっとけい」
「うわ、出たよ。お前本当におれと同じ十七か?」
「そうなぁ、実際、三十とか超えてるかもよ? 何度も時をかける少年してるならさ」
「うーん」
あながち、ありえない話じゃない。あの謎の懐中時計で、こうして時間を戻せたことを思えば。
「そんじゃ、ハル。これやる」
「ん?」
突如、タケルから投げられた銀色のものをとっさに掴む。少し長い鎖が手の中からこぼれる。あっ、これは。
「もしおれが消されたときは、それがきっとヒントになる」
はあ? 何言ってんだよ。わけわかんねぇ。きっと前の夜、そう答えたと思う。手のひらの上に乗った懐中時計を見つめながら。
そして、朝に戻る。
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