第8話
森の奥で、俺たちは小さな空き地に出た。
木々が切れて、円形の開けた場所になっている。
地面には短い草が生えており、中央には古い切り株がぽつんと残っていた。
木漏れ日が地面に斑模様を作り、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
「ここなら戦いやすいな」
アルフレッドが辺りを見回しながら呟いた。
その時だった。
茂みの向こうから、ガサガサと草木を掻き分ける音。
そして現れたのは——。
「オークだ!」
三匹の醜悪な魔物が、茂みから姿を現した。
それは豚と人間を混ぜ合わせたような、おぞましい姿をしていた。
身長は二メートルを超え、太った腹が前に突き出している。
全身は汚れた茶色の肌で覆われており、所々に毛が生えていた。
顔は完全に豚そのものだった。
大きな鼻、小さな目、そして口からは黄色く汚れた牙が覗いている。
よだれを垂らしながら、下品な笑い声を上げていた。
服装はボロボロの腰巻きだけで、それぞれが粗末な武器を持っている。
棍棒、錆びた剣、そして石のハンマー。
武器も汚れていて、血の跡のようなものが付着していた。
「うえぇ……気持ち悪い」
ルナが顔をしかめた。
「奴らは人を食らう魔物よ。知能は低いけれど、力は強い。油断しないで」
エリーナが魔導書を開きながら警告した。
足がガクガクと震える。
魔物の殺気と、何より彼らの邪悪な笑い声が、皮膚を通して伝わってくる。
オークたちが下品な笑い声を上げながら、武器を振り回している。
「来るぞ!」
アルフレッドの声と共に、三匹のオークが同時に襲いかかってきた。
アルフレッドが剣を抜く。
刃が陽光を反射して、眩しく光った。
エリーナが魔法の詠唱を始める。
美しい声で呪文を唱えながら、手に魔力を集中させている。
ルナが軽やかに跳躍し、短剣を両手に構えた。
「炎よ、我が意志に従いて敵を貫け——ファイアボルト!」
エリーナの魔法が完成した瞬間、彼女の手から赤い炎の矢が放たれた。
炎は美しい軌跡を描きながら、一匹目のオークに命中する。
「ブゴォォ!」
オークが苦痛の声を上げて後退した。
腹部の脂肪が焦げて、煙を上げている。
「はあああ!」
アルフレッドが雄叫びを上げながら、二匹目に突進した。
剣が弧を描いて振り下ろされ、オークの持つ棍棒を叩き折る。
そのまま剣先がオークの腕を斬りつけた。
オークが痛みで身を捩る。
ルナは三匹目のオークと対峙していた。
小柄な身体を活かして、オークの石のハンマーを軽やかに回避している。
短剣で足首を狙いながら、隙を作ろうとしていた。
「みんな、すごい……」
仲間たちの戦闘を見て、俺は息を呑んだ。
みんな完璧に役割を果たしている。
連携も取れているし、それぞれの能力を最大限に発揮していた。
それに比べて俺は、ただ立っているだけだった。
何もできずに、仲間たちの足を引っ張っている。
その時——。
エリーナの炎魔法で怯んでいたオークが、怒りに任せてルナに向かって突進した。
巨大な体重を乗せた体当たりで、ルナの小さな身体を押し潰そうとしている。
ルナは回避が間に合わない。
オークの巨体が、彼女を踏み潰そうとしていた。
「危ない!」
俺の身体が、勝手に動いていた。
考えるよりも先に、足が地面を蹴っていた。
胸の奥の魔力が、まるで生き物のように暴れ始める。
今まで感じたことのない、圧倒的なエネルギーの奔流。
「ルナを……守る!」
右手を前に突き出すと、魔力が爆発的に噴出した。
青白い光が俺の手のひらから放たれ、一瞬で槍のような形を形成する。
それは美しく、神々しく、そして圧倒的な力を秘めていた。
光の槍は空気を切り裂きながら、オークに向かって一直線に飛んでいく。
オークが俺の攻撃に気づいて振り返った瞬間——。
光の槍が、オークの胸部を完全に貫通した。
「ブゴォォォォ!」
オークの断末魔が森に響く。
巨体がぐらりと傾き、そのまま地面に倒れ込んだ。
胸に開いた穴からは光が漏れており、やがてオークの身体全体が光の粒子となって消散していく。
「すごい……」
エリーナが息を呑んだ。
緑の瞳が大きく見開かれ、信じられないといった表情を浮かべている。
「蒼真……」
アルフレッドも戦闘の手を止めて、俺の方を見つめていた。
碧い瞳には驚愕と、そして深い感動が宿っている。
「お兄ちゃん……」
ルナが呟いた。琥珀色の瞳には涙が浮かんでいる。
残る二匹のオークは、仲間が一瞬で倒されたことに動揺していた。
そこをアルフレッドとルナが連携で攻撃し、あっという間に片付けてしまう。
アルフレッドの剣がオークの首を刎ね、ルナの短剣が急所を突く。
戦闘は終わった。四人とも無傷だった。
「やったね、お兄ちゃん!」
ルナが俺に飛び付いてきた。
小さな身体が俺の胸にぶつかり、温かい体温が伝わってくる。
「蒼真、すげえじゃないか!」
アルフレッドが興奮した様子で駆け寄ってきた。
汗で濡れた顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
エリーナも感嘆の声を上げた。
「あれは上級魔法『ホーリーランス』よ。普通は何年も修行しないと使えない魔法なのに……」
俺は自分の手を見つめた。
さっきまで光の槍を放っていた手が、今は普通の手のひらに戻っている。
あれが俺の力だったのだろうか。
「みんなを守れた……」
実感が湧いてきた。
俺の力で、ルナを助けることができたのだ。
仲間を守ることができたのだ。
生まれて初めて、誰かの役に立つことができた。
「お前は俺たちの大切な仲間だ」
アルフレッドが俺の肩に手を置いた。
その手は温かくて、力強い。
「俺たちもお前を守る。それが仲間ってもんだろ?」
「そうよ。私たちは一つのチーム。お互いを支え合って、守り合うの」
「家族だもんね!」
ルナが元気よく笑った。
尻尾が嬉しそうに揺れている。
俺の顔に、人生で初めての心からの笑顔が浮かんだ。
頬を涙が伝っていく。
今度は悲しみの涙じゃない。
嬉しくて、温かくて、胸が一杯になってしまう涙だった。
「ありがとう……」
声が震えていた。
言葉にならない感情が、心の奥底から湧き上がってくる。
四人は自然と抱き合った。
アルフレッドの逞しい腕。
エリーナの華奢な肩。
ルナの小さな身体。
そして俺。
みんなの温かさが、俺を包み込んでくれる。
これが家族なんだ。これが仲間なんだ。
「これが……仲間なんだ」
呟いた言葉が、夕焼け空に消えていく。
空を見上げると、この世界には二つの月が浮かんでいた。
一つは青白く、もう一つは微かに赤みを帯びている。
二つの月が並んで、俺たちを優しく見守っているようだった。
虫の音が聞こえてくる。夜風が頬を撫でていく。
森の匂い、仲間たちの匂い、そして何より——希望の匂いがした。
俺の新しい人生が、今、ここで始まったのだった。
もう一人じゃない。
もう絶望することもない。
俺には仲間がいる。
家族がいる。
そして初めて、本当の意味で生きている実感を得ることができた。
「明日からも、みんなで一緒に頑張ろうね」
ルナの言葉に、みんなが頷いた。
「俺たちなら、どんな困難も乗り越えられる」
「魔王だって怖くないわ。四人一緒なら」
俺も頷いた。
「……みんなで一緒に」
夜が更けていく。
四人で肩を寄せ合いながら、俺たちは王都への帰路についた。
今夜は、俺の人生で最も美しい夜になりそうだった。
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