第4話 笑う転校生
昨日の戦いは夢じゃなかった――湿った獣臭と鉄の味が混じった匂いが、まだ鼻腔の奥にこびりついている。
胸の奥がじんわりと重く、何度深呼吸しても晴れない。
私は……一体、なんなんだろう。
サイファーだけじゃない。あの新しい槍、ハルーバ。
戦っている最中、まるで“選ばれた”みたいに私の手元へ現れた。
導かれているのか、それとも試されているのか――答えは出ないまま、私は早市ちゃんと向かい合い、朝食の席についた。
「いただきます!」
「はい、どうぞ。……たぶん今日の味噌汁は成功してるはず」
「ふふ、前より格段にうまくなってるよ」
早市ちゃんの笑顔に、不安がふわりと溶けていく――が、次の瞬間。
「ぶふぉっ!?!?」
「な、何!?」
「これ塩じゃなくて……粉ミルクじゃん!!」
「えっ……あっ……ごめん、塩と粉ミルクを間違えちゃった」
「どんな間違い方!? 砂糖ならまだしも、塩と粉ミルクをどうしたら間違えるの!? 粉ミルクで舌がびっくりして三回転半したわ!」
「ご、ごめんなさいぃ……」
怒涛のツッコミに縮こまる私を見て、早市ちゃんは溜息混じりに笑った。
「でもさ、こういう天然出してくれるとちょっと安心する。昨日、怖かったでしょう?」
「……うん。このまま自分が自分でなくなるんじゃないかって、怖かった」
その時、テレビからニュースが流れ、会話が途切れた。
「ヴェルデタウン上空で謎の飛行物体!」
「人々は“UMAだ”と証言」
「そしてこの映像をご覧ください――『謎のボット、街を襲う!?』」
映像には、私が戦った偽獣やボットがはっきりと映し出されていた。
「……やっぱり、私、巻き込まれてるんだね」
私の不安に、早市ちゃんは真剣な目で言った。
「翠、もしこれが“君の運命”なら……私は最後までついていく。君には私がいるんだから」
「……ありがとう」
胸の奥から、本物の感謝がこみ上げた――が。
「でもやっぱりこれはないわ。お味噌汁の風味、地球外生命体レベル!」
「まだそれ言うのぉっ!?」
笑いの中で朝は過ぎ、学園もニュースの話題で騒然としていた。
「ボット見た?」「マジでUMAじゃん」という声が飛び交う。
友達の本条美咲ちゃんと西野春香ちゃんが心配そうに近寄ってきた。
「ねぇ翠、大丈夫? なんか最近元気ないよ?」
「えっ? あ……うん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」
笑顔を作っても、二人の視線は心配を隠さなかった。
――放課後。
市街地を歩く私は、春の風に目を細めて空を見上げた。
「……何も起きなきゃいいな」
その瞬間――金属質な羽音が空から響く。
「――あれは……!」
ビルの陰から現れたのは、金属製の巨大な蜂型偽獣。
鋭い羽音とともに街を旋回し、その下で立っていたのは――
「仙頭さん!? 逃げて!!」
「ん~、困ったねぇ……狙われちゃったぁ♪」
悠然と笑う仙頭さん。
正体を知られるわけにはいかない――でも。
(目の前で見過ごすなんてできない!)
「虹臨――!」
変身の光が街を包み、私は虹翼天使セラフィム・タウスとなった。
「いくよ、サイファー!」
偽獣は空中を高速で飛び回り、腹部のガトリング砲から金属の雨を降らせる。
地面が穴だらけになり、破片が頬をかすめた。
「くっ……当たらない!」
その時、一枚の虹色の羽がひらりと舞い降りた。
手にすると、腕に装着型の小型ボウガン「カウス」が現れる。
「これなら……!」
放った矢は硬い外殻に弾かれた。
「だめ……!」
さらに、赤い羽が舞い落ちる。
それを装着した瞬間、矢が炎をまとう。
「燃えて――!」
炎矢が偽獣の腹部を撃ち抜き、ガトリングが爆ぜる。
「炎の力よ、貫け! ナーフ・ダルバット・サフム!!」
紅蓮の閃光が装甲を焼き尽くし、蜂型偽獣は爆散した。
息を整え、仙頭さんを見る。
「大丈夫? けがは……」
「ふふふ……やっぱり、セラフィム・タウスだったんだ」
「……なんで知ってるの?」
「それは……ひ・み・つ。――でも、もうすぐわかるから♪」
鼻歌を歌いながら、軽やかに背を向ける仙頭さん。
春風がその笑いを運び、急に陽射しが白く霞んだ。
胸の奥がざわめき、背筋を冷たいものがなぞる――。
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