第2話 千羽学園の日常
「今から三十年ほど前になる。首相が警察のトップと一緒に公の場で霊の存在を明言した。
この頃は行方不明者や原因不明の事故、病気が過去一番に多い年だったから、警察でも少しずつ霊の存在を確かめていたようだ。
そして国の評議会中に実演されたのが人形に取り憑いた霊の除霊だった。
一般人でも見えるくらいの悪霊で、発現した姿は毒々しいまだら模様に、両目が一際大きくて、蛙のようにも見える人の形をした霊だった。あれだけ強力な怨念を持つ霊はなかなかいないが、その場にいた霊能力者がそれを即座に祓った。現代の危機と政府の力を示したんだ。
そして、そこで成案したのが霊に対する防護法だ。この法律が施行されたことで、国は霊に関する様々な施策を進め、国民は霊に対する備えをするようになった。ウチの学校、『霊専科
君たち霊能力者の卵が人々を守れる存在になるように、とね」
草臥れた中年である
彼は白檀の香りが漂う広い講堂の壇上で、生徒たちに向けて霊史学の講義を行っていた。
いつも締めの話は決まっており、首相が霊の存在を公にしたのをテレビ中継で見たという当事者意識が、彼の話に熱を入れていた。
――キーン、コーン、カーン、コーン
講義の終了を知らせるチャイムが鳴り、斎門は、黒を基調にした美しい装飾の壁掛け時計の方を見る。
「さて、今日の講義はこれで終わりだ。テスト前最後だったからな。あとは各自で頑張れよ」
講義を終え去っていく斎門の言葉に、講堂内では濁った返事がぼんやり響いた。
「あぁ、もう、また同じ話。毎度十分も割いてるんだからそこをテストに出しなさいよ」
千羽学園の二年生である
「あれ? 終わった?」
同じく二年生の
「瑞月も強かなとこあるわよね……」
「あの話はもう覚えちゃったから」
「今度からあたしもそうしようかしら。さ、早く片付けて行きましょ」
「あ、次は霊祓学の実習だったね。急がないと」
二人は机の上を片付けると足早に講堂を出た。
本日の霊祓学の実習は校庭で行われるため、移動の時間を考えると、他の講義よりも授業間の余裕はあまりないのである。
校庭では二年生の生徒たちが、それぞれ仲の良い人と集まり談笑をしていた。
服装は除霊師の正装の霊装である。
人々の身体は、大なり小なり霊力を宿している。霊祓いはこの霊力を行使して行われる。
霊装は纏うことで、霊力による攻撃への抵抗力を強くしてくれたり、術を使う際に効果を高めてくれたりするなど、除霊時に支援をしてくれる効果があるが、反面、着衣時は少量だが常時自身の霊力を消費し、また、通常悪霊にその存在を認知されやすくなるデメリットもある。
霊装は普段は腕輪となっているが、その腕輪に霊力を込めると、光りながら、全身を包み込み姿を現し、術者からの霊力の供給が途切れると腕輪の姿に戻る仕組みとなっているが、霊物と呼ばれる霊力の籠った素材を使用して作られることで、そういったことが可能となっていた。
学園の生徒たちが講義で着用するのは講義用の物で、男性は薄水色に白黒、女性は薄紅色に白黒の色合いのものを使用している。
自然と男女で分かれて話をする生徒たちの元に、黒と銀にキラキラとした装飾が施された霊装に身を包み、虹色のサングラスをかけた、爽やかな黒い短髪の人物が現れる。
「よーし! みんな集まれー! 霊祓学の講義を始めるぞー。……おい
霊祓学の教師である
「いやいや、猶治先生。こういうのはやる気が大事でしょ? 俺なりの誠意ってもんですよ!」
猶治に対して埜明が軽い口調で言う。
埜明は普段から何かにつけて楽をしようとしている人物であり、猶治はそんな埜明の言葉に誠意など欠片も感じることはなく、何かくだらないことを考えていると呆れていた。
「お前に誠意なんてあったのかよ……まぁいい、始めるか」
埜明との掛け合いに場の空気が緩んだことを感じながら、猶治は説明を始める。
「さて、ここに講義用の式神の札がある。座学でも教えた通り、この式神の札には様々な種類があるが、大別して人型、獣型に分けられる。そしてこの式神の札に術者が霊力を込めると、その術者の霊力に応じた力を宿した式神が具現化される。今日は片方が式神を使役し、片方がその式神と戦うって形で実践訓練をしてもらう。式神をそれぞれ後ろに渡していってくれ」
猶治は前にいる生徒たちに、梵字が書かれた人形の紙を渡す。
「それが後ろまで渡ったら、まずは二人一組で組むんだ」
猶治の言葉に埜明はすかさず反応し後ろを振り向く。
「
講義を楽に乗り切るべく、真剣な顔で友人に協力を求める埜明に対して、千羽学園二年生の
「まぁ、悪くないけど、そういうのは隠れて言ってくれ。お前は目立ちすぎだよ」
その言葉を聞き埜明はハッと猶治の方を向く。
サングラスで見えないが恐らく彼は埜明を真っ直ぐに睨みながら、腕を組んでいる。埜明の浅い企みは聞こえていたようだ。
「お前はまたしょうもないもんを作りやがって。……おい、
猶治は厳しい口調で話す。
切れ長の目に眼鏡をかけた
「はぁ? こいつとですか?」
「生徒会なら生徒の手本になれ」
「……ちっ、分かりました。埜明。性根から叩き直してやる」
そう言うと庚峩は式神に膨大な霊力を込め始める。
「うわっ、勘弁してくださいよー! こいつ手加減ってもんを知らないから」
「サボり魔相手に手加減なんかするか」
埜明は慌てたように猶治に向かって文句を言うが、庚峩がそれに対して厳しい目つきで言う。
そこに成道がニヤりとしながら「そうだよなぁ。埜明は強いから手加減なんかできないよなぁ」と付け加える。
それを聞いた庚峩は目を見開く。
「成道、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ! ……いいだろう、そんなこと二度と言えないくらい圧倒的な勝利を見せてやる。埜明、邪魔にならねぇようにあの辺だ! 早く来い!」
庚峩がそう言い、校庭の隅の方を指差し歩き始めると、埜明が成道を信じられないといった目で見る。
「はぁぁ!? 成道煽ってんじゃねぇよ! あいつマジになってんじゃねぇか!」
「はっはっは。埜明はせっかく才能あるんだから! あんまし楽すんなよ」
「いやいやいや……買い被りもいいとこだろ……くぅー、仕方ねぇ。やってやるよ。さっさと終わらせて休憩だ」
埜明は観念したのか、庚峩の後ろを追うように移動した。
そしてそれを見届けた猶治は生徒たちの方に向き直り「さ、あとは好きなやつと組め」と言う。
「埜明はアホね。瑞月、一緒にやりましょ」
「うん。どうしてあんなにサボりたがるんだろ……」
猶治の言葉に、一連の流れを見ていた維千火が淡々と話し、それに対して瑞月も埜明たちの方を見ながら呆れた様子で答えていた。
――霊は自身の持つ霊力によってその姿形を保っている。
除霊はその霊の持つ霊力を、術を用いて削っていき、力が弱まった所で浄霊の呪文により成仏させる。
さて、その除霊をするに当たって覚えておかなければならないのは霊力についてだ。
霊力は木、火、土、金、水の基本の五属性に、日、月の二属性を加えた七属性あり、人はそれぞれ生まれつき使える属性が決まっている。そして霊が持つ霊力にも属性がある。
霊力の属性には相性があり、木は土に強く火を助長し、火は金に強く土を助長し、土は水に強く金を助長し、金は木に強く水を助長し、水は火に強く木を助長し、日と月は互いに打ち消し合う関係にある。
木の霊力の特徴は霊力の質である霊質が高まること。これにより、術者から放たれた術が簡単には消えなくなり、術が相手に届きやすかったり、陣が壊されにくくなったりする。
火の霊力の特徴は霊力の出力が高まること。これにより、術が強力になり、相手の霊力を大きく削ることができる。
土の霊力の特徴は霊質を調整して多様な霊力にできること。これにより、様々な霊質の術を放ち翻弄したり、相手の術をむだなく相殺することができる。
金の霊力の特徴は霊力の出力が一定であること。これにより、ブレのない安定した攻撃や、きっちり自身の霊力の出力を遮断することができる。
水の霊力の特徴は霊力の供給量が多くなること。これにより連続的な攻撃や長期的な防御をすることができる。
相性や特徴を知っているかで霊との戦闘は変わる。
例えば、火属性の霊に対して、木属性の除霊師が真っ向から戦いを挑むと、ただでさえ出力の高い霊力を更に増長させてしまって不利になる。
火属性の霊なら、水属性の除霊師が相手の霊力の出力を抑える道具を用いて除霊すれば、被害は最小限に抑えられるということだ。
まぁ、相性が悪くても術が効かなくなるわけではないから、戦略や能力次第で勝てないわけじゃない。
現実でも不利な相手との戦闘もあるかもしれない。講義での実践訓練なら死ぬことは無いから、実技では霊力の相性や特性を理解したうえで立ち回ってみろ。
――瑞月は、霊祓学の座学で猶治が講義していた内容を思い出しながら、維千火が具現化した目の前の式神を見る。
ゆらゆらとした真紅の陽炎を纏った狐のような姿の式神。個人の霊力により式神の姿や纏う霊力の濃さが変わるらしいが、見惚れるほど美しい火の霊力を纏った式神の姿に、瑞月は維千火の霊能力者としての高い能力をひしひしと感じる。
しかし、火の属性の霊力を用いる維千火は、水の霊力を用いる瑞月にとっては相性の良い相手だ。
「ほら、瑞月! 遠慮しないでかかってきなさいよ!」
維千火の呼びかけに瑞月は式神を真っ直ぐ見据えながら応える。
「うん、いくよ! オン ピダ!」
瑞月が呪文を唱えると、式神の方に向けられた右の手のひらから放出された霊力が一直線に進む。
「あら、圧の呪文じゃ私の式神は倒せないわよ?」
そう言いながら維千火は右手を払うような仕草をし、それに合わせるように維千火の式神も右側に飛び跳ねる。
「大丈夫! 霊祓いの基本は圧の呪文で牽制、縛の呪文で静止、斬の呪文で攻撃して、祓の呪文で浄霊する……だよね?」
瑞月がそう言い式神の飛んだ方へ右手を動かすと、圧の呪文が連続で放たれる。
「基本に忠実で何より! ……迎え撃て!」
瑞月の圧の呪文を式神が避けきれないと判断した維千火の呼びかけに、式神が瑞月の圧の呪文に対して正面を向き、ウォー!と吠えると、式神の口から波状の霊力が放出され瑞月の圧の呪文とぶつかり、相殺されて眩く光り消えた。
それを見た瑞月はすかさず右手を身体の前で斬るように振り下ろす。
「オン カスラ!」
瑞月の繰り出した斬の呪文が維千火の式神に切り傷を与えると、傷口から光る霊力が霧散する。
「よし」
瑞月は狙い通りにいったことで油断すると、維千火は不敵な笑みを浮かべる。
「あら、気を緩めるには早いんじゃない?」
その言葉に瑞月が上空を見上げると、そこには美しく燃え上がる炎のような球状の霊力が浮遊していた。
「うわ、お手柔らかに……」
諦めたように言う瑞月に、霊力が直撃し燃え上がるように広がる。
「私の式神は尻尾からも霊力を放てるの。さっきの光はいい目眩しだったわ」
炎のような霊力が消えると、瑞月はその場で項垂れたように佇んでいた。派手に攻撃されたように見えても、講義用の霊装と講義用の式神のため、怪我をすることはない。
「うーん、私の負けだ。やっぱりいっちゃんは強いね」
「何言ってんのよ。瑞月最後は諦めて何もしなかったじゃない。霊質の相性は瑞月が有利なんだからもっと粘ってよ」
維千火が少し気を悪くしたように言うと、瑞月はそれを流すように返事をする。
「あはは、善処します」
「練習用の式神だから怪我はないけど、実践なら死ぬことだってある。いい? 瑞月がいなくなったら私は悲しいんだから」
「ありがと。さ、次はいっちゃんの番だね。私はすぐにやられたけど式神はそうはいかないよ?」
「……望むところ。遠慮なくきなさい」
維千火は瑞月が見せた投げやりな雰囲気を案じるも、瑞月が自身の式神を取り出したため、次の準備を始める。維千火は油断のならない式神との戦いをどう進めるか思案しながら、瑞月との距離を取っていった。
――遠くでその様子を見ていた
「何で君加が来なくなってあんなやつがのうのうと……
隣でそれを聞いている
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