in forest

 桧森ひもり野中のなかはいつも一緒にいる。とりあえず、クラスメイトである俺の見ている範囲で二人が別行動をしていたことはない。

 なんでだろうなあ、女ってそうだよなあと思いながら春には見ていたけど、他の女子に比べて桧森野中のペア率は異常だった。さすがに高校生にもなるとひとりで行動していたり、他のグループに混ざったりが平気な子もいるみたいだけど、桧森野中だけはそういった様子を見せていない。

 ここまで仲がいいならきっと幼馴染か、少なくとも同中だったんだろうと思って一度聞いてみたけど、驚いたことに付き合い始めて二年目だという。つまり、まあ高一の時はクラスが一緒で今年度まで友人関係が跨っているわけだけれども、それ以前には出会ってすらいなかったらしい。

(まあ、そんなもん、かなあ…)

 ざっと彼女達の一日を説明すると、まず方向が違うくせに何をどうするのか、一緒に登校してくる。朝のホームルームまでどちらかの席で二人で会話する(以降休み時間の度同じ様子がみられる)。一時的な班活動中でも教師の目を盗んで移動。体育のときは必ずペアを組む。誰の悪口を思いついてもまず二人で話す。噂も同じ。委員会や係活動はあらゆる手段を使って同じものに携わり、下校も二人で寄り道してから帰る。

 俺としては、一年半も同じ人とつるむのは飽きる気がするし、話すこともなくなるように思うんだけど。あ、だから二人は噂とか陰口が多いのか? いや、女子だからかな。知らんけど。


 一回桧森が風邪だったかで休んだことがある。

 野中はその日の休み時間、不自然に席でぼうっとしていて、声を掛けてみたら「なんかねぇ、」と話した。


「なんか、いつもあたしって、どうやって休み時間過ごしてたかわかんなくなって」

「…野中は、あれじゃん。いつも桧森と話してる」

「…ああ! うん、そうだった」


「…ああ!」なのか。そんな、直ぐに思いつかない程意外なことだったのか。それが意外だ。


「桧森の存在はどの程度のものなの」

「えぇー? うーん、でもね、やっぱまーちゃんいないとすっごい寂しい」

「でも忘れてたんだ?」

「忘れてた。だっていつもだもん」


 そのとき、ああ癖なんだなあって思った。野中が桧森といるのは、もしかしたら二人が二人でいるのは、癖に近いんだなと。

 でもそれってどんなことなんだろう。俺の持ってる癖って、起こるときに必要なものがそんな曖昧じゃないから実際に想像しにくい。桧森が風邪で休んだその日の野中。


 また別の日には、野中が忌引きでいなくなった。

 桧森は野中程内向的ではないので適当にそこらの生徒に声を掛けて簡単に時間を潰していた。帰りには俺がその対象になって、普段そう話す訳でもないけど三十分とか一時間とか話しこむ羽目になった。

 褒められるところから始まり、世間話、噂話、人の悪口、教師の悪口エトセトラ。突く場所は時々理不尽で納得のいかないところもあって、それは度々言及させてもらったけど、彼女の発想は自由で経験から享受するものも一風変わっているかんじがした。

 ただ、だからといって長時間、長期に渡って話し込むのはちょっとつらいものがある。野中はよく耐えるなあと思ったついでに、野中の話も振ってみた。


「いつも一緒だよね」

「イズはぁ、うちがいないと駄目なのよ」


 それはちょっと高慢な考え方な気もした。


「そう?」

「そう。つか、休み時間いっつもこっち来るでしょー、なんかもう、群れてないとダメ系な子だよね」

「……ふうん」


 なんか拍子抜けした。拍子抜けというか、こう、若干ツライなあと思った。

 野中は桧森中毒だけど桧森は別にそうでもないような印象で。あとの桧森による野中への評価は聞き流しながら、結構自分は桧森野中の友情を美化して見てたところがあるのかと考えたりもした。二人が一緒にいるのを見かけると、安心してたんだ、なんとなく。そういえば。

 でね、弁当に入ってるゴボウが食べれないっていうからうちが食べてあげて、と誰に話してんだかよくわからないけど熱のこもった様子で小さなジェスチャーを繰り返す桧森。(あ、まてよ)


「もうねー、正直疲れてくるけどねー」

「…でも一緒にいたいわけだ」

「ワケでーす。イズ可愛いしね」


 結論から言えば親友に対する不満を連ねてると見せかけて、実は自慢に近かった。桧森は野中が自分に依存してることが嬉しいらしい。「可愛い」なんてうわべだけの褒め言葉になることだってあるはずなのに、その時の桧森の言う「イズは可愛い」は、桧森が野中が好きだっていう何よりの証拠に聞こえた。十の不満と一の肯定だったけど、こんなに劣勢な肯定が幾つもの不満より説得力のあるものを持っているなんてあるのか。驚いた。

 くだらない友情かもしれないなあとも思った。互いの存在が好きなだけで、中身ではまったく繋がってないようにも見えるし、互いのこの様子なら別れてから一度でも連絡が絶えれば関係も絶えるような薄っぺらいものにも見えた。けどなんだろう。視界に写る範囲にいる限りはつるまずにはいられない、そんな、関係。実際にそういう関係を誰かと持つのはごめんだけど、傍から見ていて、いいなあと思った。



「最近天美あまみ、やたらとこっち見てない?」

「は?」

「見てるでしょ、何、何か用でもあるの?」


 桧森の断定的思考には恐れ入る。十二月の放課後、何故か問い詰められている俺。勿論桧森は野中とセット。

 野中はもう少し喋らなかったかなあ、と疑問に思いつつ、ノーの返事を返しておく。

 やっぱり、桧森野中の一言目は桧森で二言目は野中だった気がするけど、野中に口を開きそうな様子はない。


「いーや見てる」

「えー、ほんと? 俺、そんな見てた?」

「み、て、た!」


 何か言わせたいのかもしれないけど生憎意図が掴めない。ただ取り敢えず、ここまではっきり見てると言われるとそんな気もしてきた。背面黒板の時間割を見、今日の授業を思い出そうとして失敗する。あれは明日の時間割だ。


「一限なんだったっけ、今日」

「体育?」


 体育。テニスか。野中がサーブミスってたな。

 あ、見てた。


「二限」

「国語」


 国語国語、ああ、桧森が坂下経由で野中に手紙回して……、

 見てたな。


「三限」

「古典。つか、何? これ」

「古典……、あ、先生がKAT-TUNの話始めたときアイコンタクトとってたっけ」

「見てんじゃん!」

「見てるわ」


 ところで野中は最初から今までずっと桧森の左腕にしがみついている。普段からこういう様子はよく目にするけど、二人していかにも当たり前だというような顔をしているのが常で、今みたく緊張したかんじでひっついていることは中々無い。それを、さらに切迫した雰囲気に引き締めて野中が桧森の制服の袖を引っ張るから、ジャケットの形が崩れそうなのがすごく心配だった。

 桧森は急に開いている手で野中の手の甲を叩きだし、しきりに「イズ」と名前を呼んだ。野中は心底不満な表情(少なくとも他人にはそう見えた)で桧森を見上げ、やがてこちらを見てこう言った。


「あまみ、」野中の天美は平仮名に近い。「どっち見てるの?」


 直後の俺にはいかんせん理解力がなかったため、さっきからこっちとかどっちとかこそあど言葉ばっかり使いやがってと悪態をつきたくなるくらいには何を指して「どっち」と言っているのか判断出来なかった。


「え、どっち?…ってなに」

「だからあ、……まーちゃあん」

「あなたが聞きなさいよ」

「だって、ねえ、どっちなの、あまみ」

「だからどっちって、ど……あ、え、何、桧森野中のどっちってこと?」


 ちょっと待ってよ何その芸名みたいな略し方!と途端桧森に叱られる。これまでそんなつもりで二人の苗字を並べ立ててたわけじゃなかったので、言われて初めて気付いた。桧森野中。ああ芸名っぽい。じゃああれだ、一言目桧森「どーもー」二言目野中「桧森野中です」みたいな。想像してちょっと笑った。

 とか頭の中がそんな状況だったのでまだ二人の意図を理解していない。していなかったので、何の配慮もしなかった。


「別にどっちでもないけど。二人を見てるかんじ」

「……え、なにそれ」


 完全に冷めた声音で桧森が言う。その理由がわからなかったし、彼女には通常にもそういうことがあったので俺は特に気にせず先に進めた。


「二人、いつも一緒にいるよね」

「いやその話は前したじゃん。何、うちら二人が喋ってるのとか見てて楽しいわけ?」

「楽しいってのはちょっと違う」

「え、ねえ、どっちかが好きとかそういうのないの?」

「どっちかがっていうか、桧森と野中が互いに好き合ってるでしょ、で、俺は」


 此処まで喋って初めて、あれ、と思った。好きって何だ、この場合。

 思ったものの、喋っている最中だったものだから疑問は横に避けて「それを見てる」と続ける。桧森は眉根を寄せていて、野中は俯いていた。

 これはもしかして恋愛とかそういう方向来てたのか、と察することが出来たけど明らかに遅かった。遅かったし正直なところ、桧森と野中のどちらも別にタイプじゃない。

「意味分からん、つか空気読めよ」というのが桧森の俺の言葉に対する反応で、同時にその日の別れの挨拶になった。何か言いたげな野中を引っ張って、桧森はさっさと帰ってしまう。

 悪いことしたなあとは思うけれども。今のは野中かなあ。野中だよなあ。野中が俺の視線に気付いて意識するようになったとかそんなんだろう。フォロー入れたほうがいいのか少し悩むが、それが確かなことだったとして、仮に野中が彼女になっても、浮かぶのは駅前のカフェで俺の愚痴をぽつぽつ零す野中に大仰に同意し俺をののしる桧森とかそういう場面ばかりだ。というかそんな風に今日も桧森がフォローいれてくれるに違いない。ならいいか、と思う。

 一つ問題を完結させて、俺が次に考えたのはもし仮に野中か桧森に彼氏が出来たら、今の状況はどうなるんだろう、ということだった。大人はどうか知らないけど女子って結構、彼氏が出来たりするとそっちを何よりも優先するイメージがある。イメージ通りだったとき、例えば野中に彼氏が出来れば野中の依存の対象がそっちに移る可能性はあるし、逆に桧森に彼氏が出来れば野中を構わなくなりそうだ。互いに視界に、映ってるのに。

 それって耐えられるのか。二人はそれに耐えられるのか。

(……無理そう)

 そう、で、そういうのが無理そうな桧森と野中の関係が俺の気に入っているものだ。たとえ俺が野中か桧森に恋愛感情を抱いていても、多分、そこは譲れない。

 べったりくっついた桧森と野中を思い出して今日も一安心する。

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